登場人物紹介
■キラ 小さな世界で未来を紡ぐ少年。
■ セイヤ 風紀を愛する前生徒会長。今日も正論で突っ走る。
■ ポックス 冷静沈着な前副会長。論理を愛するバルタン星人。
■ クロ 感情を得ようとする推定10億歳のアンドロイド。
■ リュウジ 頼れる幼馴染。仲間思いの前生徒会メンバー。
■ ギル 岩石星人の前風紀委員。見た目は怖いが五つ子の父親。
■ カズマ 新聞部の特ダネ記者。艦内の噂話ならお任せ。
■ エミリア 前生徒会書記。優秀な参謀役でセイヤの彼女。ミリィの姉(双子)
■ ミリィ 明るく元気な医療部志望。リュウジの彼女。エミリアの妹(双子)
■ ヴァル 穏やかな流体生命体。優しさ溢れる癒やし担当。
■リーフ博士 植物研究の第一人。穏やかで自然を愛する科学者。ヴァルの担当教官
■ヘンリー・クロフォード主任科学士官 飄々とした天才科学者。クロの成長を温かく見守る恩師。
プロローグ 「あるミニマス人の一生」
少年が産声を上げたその瞬間、世界は祝福とともに彼を迎え入れた。
母親の柔らかな腕に抱き上げられた刹那、視界が白く染まり、温かな光の奔流が頭の奥底へと流れ込んでくる。
それは、生まれて初めて触れるはずの未知の感覚。しかし、少年の心に恐怖の色はなかった。押し寄せるのは、数多の先人たちが紡いできた「生」の断片だ。
荒野で獣を仕留める際の、しなやかな腕のしなり。
吹き荒れる雨風を撥ねのける、堅牢な家を組むための指先の感触。
石器を研ぎ澄ます石の冷たさと、火加減ひとつで肉の香りが変わる驚き。
土に種を蒔き、季節の巡りとともに芽吹く命を愛でる喜び。
そして、病に伏した仲間の手を握り、祈りを捧げた切実な記憶――。
何千、何万という人生が積み上げてきた膨大な経験が、穏やかな波濤となって少年を満たしていく。それは単なる知識の羅列ではなかった。あたかも自分自身がかつて経験し、大切にしまっておいた思い出を取り出すかのような、確かな手触りを伴っていた。
少年は、こぼれるような笑みを浮かべた。その名を、キラという。
物心がつく頃には、キラはすでに大人たちと遜色ない手つきで道具を扱えるようになっていた。誰かに教わる必要などない。石を削る角度も、蔓を編む力加減も、その「正解」はすでに自分の中にあった。やがて、彼は村の男たちと共に荒野へ、狩りへと出るようになる。
ある日、キラは獲物を谷へと追い込み、逃げ道を塞ぐという新たな狩猟法を思いついた。さっそく試してみると、それは見事な成功を収める。
その瞬間だった。胸の奥が、確かな熱を帯びて震える。新しい経験が、自分という個の境界を超え、仲間たちへと波紋のように広がっていく感覚。誰かが快哉を叫び、誰かが感謝の念を抱き、そしてまた誰かが、この手法をさらに洗練させようと知恵を絞っている。そのすべてが、言葉を介さずとも鮮明な手触りを持って伝わってきた。
キラの心に、純粋な喜びが込み上げる。自分の生が、この世界をわずかでも前へと進めたのだという確かな手応え。それは、何物にも代えがたい充足感だった。もっと良くしたい。もっと豊かにしたい。皆の顔にさらなる笑みがこぼれるような、新しい何かを見つけ出したい。その純粋な渇望が、次なる挑戦へと彼の背中を力強く押し出していく。
ある日、キラは一人の少女と出会った。言葉を交わすまでもなく、互いの瞳の奥にある経験の輝きに惹かれ合い、二人は自然と微笑みを交わした。それはミニマス人にとっての永遠にも等しい数分間の恋であり、やがて二人は手を取り合い、夫婦となった。
そして、新しい命が産声を上げた日。生まれたばかりの小さな我が子を抱き上げた瞬間、キラの胸には言葉にならない熱い感情が込み上げた。腕の中のこの小さな命もまた、自分や先人たちが積み上げてきた無数の経験を受け継ぎ、それを糧にして、まだ見ぬ新しい世界を築いていくのだ。
家族で囲む食卓のぬくもり、響き渡る屈託のない笑い声。吐息をつく間にも背を伸ばしていく子供たちが、やがてそれぞれの人生という荒野へ歩み出していく後ろ姿。そのすべてが、瞬きの間に過ぎ去るほどに短い。けれど、その一瞬一瞬は、何物にも代えがたいほどに愛おしく、宝石のような輝きに満ちていた。
やがて、キラの髪には雪のような白が混じり、かつて獲物を追った強靭な四肢は、少しずつその自由を失っていった。キラは静かに家の前へ腰を下ろした。燃えるような夕日に染まる空を、穏やかな眼差しで見上げる。この世界の果てがどこにあるのかを知ろうと思ったことは、一度もなかった。
この村が好きだった。この家が好きだった。愛する家族がいて、守るべき日常があった。彼にとっては、この手の届く範囲にあるすべてが世界のすべてであり、それでいて、これ以上ないほどに十分だった。
キラは満足げに、ゆっくりと瞼を閉じた。その瞬間、彼が生涯をかけて得たすべての経験が、優しい光の粒子となって仲間たちへ、そして次なる世代へと流れ出していく。
獲物を仕留めるための新たな工夫。
家族を慈しみ、愛した記憶。
数えきれない失敗から学び取った教訓。
そして、誰かを笑顔にできた時の、あの震えるような喜び――。
そのすべてが、決して消えることのない種火となって受け継がれていく。キラの口元に、安らかな笑みが浮かんだ。自分という個の存在は、間もなくこの世界から消えるだろう。だが、自分が生きた証である「経験」は、この先もずっと、誰かの中で生き続ける。
それが、ミニマス人という種の宿命であり、誇りだった。一人のミニマス人の、あまりにも短く、そしてあまりにも濃密な一生が、いま静かに幕を閉じた。
第1章に続く


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