宇宙生徒会長セイヤ 第70話③前編「セイヤ遭難する」

2.宇宙生徒会長セイヤ

前回のあらすじ
居酒屋クロでアルバイトを始めたヴァルは、クロの指導でおでん係を任される。緊張しつつも丁寧に盛り付けたおでんは客に絶賛され、彼女の顔には自然な笑顔が浮かぶ。その姿に惹かれ来店したポックスや仲間たちに囲まれ、店は活気に包まれる。新名物「ヴァルの愛情しみしみおでん」と共に、彼女は店の新たな顔となった。

第3章 「皆勤賞」

ヴァルがおでん係としてカウンターに立つようになってから、数日が過ぎた。 活気あふれる「居酒屋クロ」の喧騒の中、店主のクロはカウンターの奥で、手元の端末――アナライザー・パッドをじっと見つめていた。無機質な画面には、ある特定の客に関するデータが淡々と蓄積されている。

【来店日数:五日連続】
【座席位置:同一】
【おでん注文率:百%】
【滞在時間:閉店後、ヴァルの手伝い終了まで】

「興味深い傾向です」

クロは無機質な画面に表示されたデータを確認し、静かに頷いた。その視線の先――。カウンターの右端、湯気を立てるおでん鍋の真ん前という「特等席」には、今日も当然のようにポックスが鎮座していた。そしてポックスの正面には、エプロン姿のヴァルが立っている。ポックスは出汁の染みた大根をゆっくりと口に運び、しみじみと呟いた。

「……今日も、実に美味しいですね」

ヴァルは照れくさそうに、けれど嬉しそうに口元を綻ばせる。
「……ありがと」
その光景を眺めながら、クロは淡々と指を動かした。

【おでん評価:極めて良好】

「……クロ、入力をやめてください」

ポックスがジト目で釘を刺すが、クロの手は止まらなかった。

その時だった。ガラッ、と勢いよく店の扉が開く。

「こんばんは」
「お邪魔するわね」

やってきたのはセイヤとエミリアだった。二人は親しげな様子でカウンターへと歩み寄る。エミリアが呆れたように、カウンターの端を指差した。
「またいる……」
隣でセイヤが、遠慮のない声を上げる。
「なんだポックス、またヴァルを追いかけてきたのか?」
「セイヤ、あなたはっきり言い過ぎよ……」
エミリアが嗜めるが、時すでに遅し。クロが淡々と端末を叩く。
【ポックスの思考:一時的に停止】
「やめてください。偶然です」
ポックスは表情を一切変えずに即答したが、その耳たぶは心なしか赤くなっていた。エミリアはそれを見てクスクスと笑った。
「相変わらずね」
セイヤとエミリアは中央の席へ腰を下ろす。ヴァルが慣れた手つきでおでんを運び、二人の前に置いた。
「……どうぞ」
セイヤは熱々の大根を一口で頬張る。
「美味い!」
エミリアも上品に頷いた。
「ほんとね、味がよく染みてるわ」
ヴァルは少し照れたように、はにかんだ。セイヤはおでんを咀嚼しながら、ポックスに向き直る。
「そういえばポックス、来月は文化祭だが、生徒会として何か出し物をそろそろ考えないといけないな」
「そうですね。昨年の生徒会はホロデッキでの演劇でしたが、今年は何か別のことを考えますか」
ポックスの言葉に、エミリアが割り込んだ。
「ホロデッキでの演劇は、たしかこれまでにも何回かやったけど……」

「あー、あのポックス監督のやつか。最後は必ず、酔っ払ったクロが犯人っていう、推理にもならない推理ドラマな」

セイヤが真面目な顔して茶化すと、
「なっ!」
クロとポックスの声が綺麗に重なった。二人は心外だと言わんばかりに目を見開いている。
「心外です。クロが酔っ払うのは完全に想定外の事態。私の緻密なシナリオには存在しない、あってはならない突発的なバグですよ」
ポックスが早口で反論すると、さらにエミリアを巻き込んだ。

「エミリアさんなら分かって頂けるでしょう? あのアーク艦との野球対決の時だってそうです。二度もクロさんの飲酒による監督との乱闘騒ぎ……あれを一体誰が想定できたというのですか」

「そ、そうね……確かにあれは想定外だったわ。一瞬、本気で勝負を諦めそうになったもの」

エミリアは遠い目をしながら、当時の苦労を思い出したのか溜息をついた。

「……ちょっと待ってください。誰が飲酒して暴れたというのですか?」

当の本人であるクロが、心底不思議そうに首を傾げる。

「クロ、お前だよ。いつも、いつも……」

セイヤはしんみりとした呆れ顔で、記憶を失っている店主に引導を渡した。
クロはそれ以上追及されるのを避けるように、黙々とジョッキを磨き始め、自然な動作で会話の輪からフェードアウトしていった。
セイヤは苦笑しながら、改めて一同を見渡す。
「ところで、さっき言った出し物の件だが、何か希望はあるか?」
その問いに応えるように、タイミングよく店の扉が勢いよく開いた。
「こんにちはー!」
「おっ、今日はもうみんな揃ってんじゃん」
元気な声と共に現れたのは、ミリィとリュウジだった。ミリィは迷わずエミリアの隣の席へと滑り込む。エミリアはおでんの玉子を箸でつつきながら答える。

「来月の文化祭の出し物を何にするか、ちょうど話してたところよ」
「あー、文化祭かぁ」
リュウジも空いているカウンター席へ腰を下ろした。
「もうそんな時期か。一年経つのは早いな」
クロは焼き鳥を一本ずつ丁寧にひっくり返しながら、表情を変えずにその会話に耳を傾けていた。 セイヤが腕を組み、視線を天井へ向けた。

「まだ正式には決まっていないが、生徒会として何か出し物をする必要がある。そろそろ方向性を固めたいところだな」

その言葉が終わるか終わらないかのうちに、ミリィが勢いよく手を挙げた。
「お化け屋敷! ホロデッキを使えば、本物より怖いのが作れるよ!」
「却下」
エミリアが食い気味に即答する。
「早っ!」
リュウジが声を上げて笑った。
「じゃあ、メイド喫茶はどうだ?」
「却下」
「なんでだよ!」
リュウジが不満げに声を荒らげると、ポックスが至極真面目な顔で答えた。
「風紀上の問題が予想されます。教育の場に相応しくありません」
「出たよ、風紀……」
リュウジはがっくりと肩を落とした。

その時だった。
おでんを器によそっていたヴァルが、ふと思いついたように小さく呟いた。

「……居酒屋」

次章に続く

次章に続く

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