前回のあらすじ
生体宇宙母艦《セレスティア》の艦内を進むセイヤたちは、艦全体が巨大な「脳」として機能する驚異の生体コンピューター技術を目の当たりにする。未知のバイオ技術に感銘を受けつつ、一行は艦長セレナ大佐の待つ部屋へ到着。生体宇宙船を家族と慈しむリヴィア文明との、真の邂逅が幕を開けようとしていた。
登場人物紹介
■ セイヤ 風紀を愛する前生徒会長。今日も正論で突っ走る。
■ ポックス 冷静沈着な前副会長。論理を愛するバルタン星人。
■ リュウジ 頼れる幼馴染。仲間思いの前生徒会メンバー。
■レオン・アークライト少尉(セイヤ担当教官)
冷静沈着な操舵士。新人を温かく導く頼れる教官。
■バルド・グレイン曹長(リュウジ担当教官)
豪快な機関部の鬼教官。情に厚い頼れるベテラン。
■アイリス・フェルナ少尉(ポックス担当教官)
穏やかな科学士官。知性と優しさで後輩を導く研究者。
■オリビエ貨物船船長
営業上手で人望厚い陽気なベテラン。
■マリーネ
アクアリア星人。船を一人で支える冷静沈着な女性整備士。
■エリオ・ミレイス少尉
幼体生体宇宙船ルミの育成を担うリヴィア星航宙隊少尉。誠実で心優しく、生きた宇宙船を家族のように慈しむ。
■セレナ・アルシア大佐
リヴィア星航宙隊母艦《エターナル・ネスト》セレスティア艦長。冷静沈着で部下や我が子を深く慈しむ女性指揮官。
■ルミ
リヴィア星で育つ生後八か月の幼体生体宇宙船。甘えん坊で好奇心旺盛、母艦を探して宇宙を泳ぐ。
■セレスティア
リヴィア星航宙隊所属、生体宇宙母艦。ルミの母艦であり、セレナ・アルシア大佐が指揮を執る個体。
その他用語紹介
■フロスト鉱石
惑星フロストガルドに眠る超希少鉱石。極低温エネルギーを蓄積・制御する特性を持ち、宇宙船機関や兵器、医療機器など幅広い分野で使用される。
■Le Ciel(ル・シエル)
銀河最高級アイスクリーム専門店。「空よりも軽く、星よりも美しい一口を。」
今月の新商品
STELLA BLANC(ステラ・ブラン)
濃厚なミルクの甘みが口いっぱいに広がり、胃に届く前に蒸発する特殊製法を採用したカロリーゼロのプレミアムアイス。発売前から予約が殺到する話題の逸品。
第10話前編「歓迎の食卓」
重厚な扉が静かに左右へと分かれると、視界の先には天井高のある開放的な会食室が広がっていた。壁一面に設えられた巨大な展望窓の向こうでは、無数の星々が川の流れのように静かに過ぎ去っていく。
柔らかな光に満たされた室内の中央には、十数人が囲めるほどの大ぶりな円卓が鎮座していた。円卓の傍らには、一人の女性が静かに佇んでいた。銀白色の軍服を隙なく着こなし、背へと流れる長い銀髪が室内の柔らかな光を反射して淡く輝いている。落ち着いた佇まいの中に凛とした気品を湛えたその姿は、一目で艦を統べる指揮官であることを物語る、確かな威厳を放っていた。
「ようこそ、《セレスティア》へ」
女性は慈愛に満ちた柔らかな微笑みを浮かべ、優雅に一礼した。
「私はリヴィア星航宙隊所属、セレナ・アルシア大佐です」
その凛とした声に応えるように、レオンが一歩前へと踏み出し、節度ある動作で敬礼を捧げる。
「コスモ・アカデミア号実習隊、引率教官のレオン・アークライト少尉です。このたびは過分なるご招待を預かり、心より感謝申し上げます」
教官の言葉に合わせ、背後に控えていたセイヤたちも一斉に背筋を伸ばし、鮮やかな敬礼を繰り出した。セレナは慈しむように優しく頷いた。
「まずは、娘ルミを助けてくださったこと、心より感謝申し上げます。皆様のおかげで、あの子は無事にセレスティアへ帰ることができました」
真っ直ぐに向けられた感謝の言葉に、セイヤは少し照れくさそうに頭をかいた。
「僕たちは当然のことをしただけですから」
「その当然を迷わず行動に移せる方は、決して多くはありません」
セレナは聖母のような穏やかな微笑みを浮かべ、円卓へと手を差し伸べた。
「どうぞ、お掛けください」
一同が席に着くと、ほどなくして給仕の手によって料理が運ばれてきた。香草の爽やかな香りをまとった白身魚の蒸し料理に、色鮮やかな旬の野菜をふんだんに使った温製サラダ。透き通るような琥珀色のスープからは芳醇な出汁の香りが立ち上り、傍らには香ばしく焼き上げられた穀物パンが添えられている。
そして最後には、素材の甘みを活かした瑞々しい果実のデザートが控えていた。
「美味しそう……」
運ばれてきた料理の数々を前に、アイリスが感嘆の吐息を漏らした。「リヴィアの料理は、素材本来の持ち味を最大限に活かすことを信条としています」エリオが誇らしげに、かつ丁寧に解説を加える。
「自然の恵みをそのままいただくため、香辛料の使用も最小限に留めているのです」
一口運んだリュウジが、驚きに目を見開いた。
「うまい……。なんていうか、すごく優しい味だ」
「ええ、五臓六腑に染み渡るような深みがありますね」
レオンも深く頷き、その繊細な味わいに感銘を受けた様子で言葉を継ぐ。一方、バルドは琥珀色の液体が満たされたグラスを高く掲げ、満足げに喉を鳴らした。
「こいつは酒にも合うな!」
豪快なその一言に、円卓を囲む面々から自然と柔らかな笑みがこぼれた。和やかな空気が円卓を包み始めた、その時だった。セレナがふと、何気ない様子で口を開いた。
「ところで……一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「はい、何なりと」
オリビエが居住まいを正して頷く。
「今回、皆様が輸送されていた『アイスクリーム』というものは……一体、どのような食べ物なのでしょうか」
▲凛とした指揮官の口から飛び出した意外な単語に、一同は一瞬だけ顔を見合わせた。オリビエが身振り手振りを交えて説明を引き継ぐ。
「牛乳や生クリーム、砂糖などを混ぜ合わせ、空気を含ませながら凍らせた冷たいデザートです。溶けないうちに、凍ったままの食感を楽しむんですよ」
「なるほど……凍ったまま、ですか」
セレナは未知の概念に触れた学者のように、深く、興味深そうに頷いた。
「本日の献立の中に、それに類するものはありますか?」
期待の込められた視線を受け、オリビアは困ったような苦笑いを浮かべて首を横に振った。
「申し訳ありません、大佐。本日の献立には、アイスクリームに類するものはありませんでした」
「そうですか……」
セレナの眉が、ほんの数ミリだけ寂しげに下がった。だが、彼女はすぐに居住まいを正し、何事もなかったかのように凛とした指揮官の表情へと戻る。しかし数分後、静寂を破ったのは再びセレナの声だった。
「……もう一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「はい、何なりと」
「その……甘さは、かなり強いものなのでしょうか」
食い入るような視線に、オリビエは思わず頬を緩めて答える。
「それはもう、種類によりますね。果実の酸味を活かしたものもあれば、チョコレートやバニラのように濃厚な甘さを楽しむものもございます」
「何種類も……」セレナは未知の深淵を覗き込むかのように、感心した様子で小さく呟いた。
「あえて冷たいまま食す理由とは、一体何なのでしょう」
「冷たいからこそ、美味しいんですよ。口に含んだ瞬間に熱でスッと溶けて、鼻に抜ける香りと甘みがふわっと広がる。その刹那の口溶けこそが、アイスクリーム最大の魅力なんです」
リュウジが身振り手振りを交えて熱弁すると、セレナは「なるほど……」と真剣な面持ちで深く頷き、何事か重大な軍事機密でも扱うかのように考え込み始めた。
その様子を傍らで見ていたセイヤが、小声でリュウジへと耳打ちした。
「……セレナ大佐、ずいぶんアイスクリームに興味津々みたいだな」
「ああ、確かに」
二人は不思議そうに顔を見合わせた。いつの間にか、会食の話題はそのほとんどがアイスクリームへと塗り替えられていた。
「それは、子供たちの間でも人気があるのですか?」
「ええ、もう大人気ですよ。嫌いな子を探す方が難しいくらいです」
「保存期間はどれほどでしょう」
「適切な温度管理さえ維持できれば、かなりの長期間保存が可能です」
「輸送時の適正温度は?」
「基本的にはマイナス二十度前後を保つのが理想ですね」
まるで新兵器の性能テストでも行っているかのような真剣な質問攻めに、オリビエは苦笑いを浮かべつつも、一つひとつ丁寧に回答を返していく。
たまらず、セイヤが居住まいを正して口を開いた。
「大佐、少々よろしいでしょうか」
「何かしら、セイヤさん」
探究心の塊のような瞳を向けられたが、セイヤは臆することなく人差し指を立てた。
「軍の規律に厳しい大佐であればお分かりかと思いますが、食事中の過度な質問攻めはマナー違反……とまでは申しませんが、あまり推奨されるものではありません。何より、せっかくの素晴らしい料理が冷めてしまいます。それは素材への冒涜ではないでしょうか」
風紀委員長時代を彷彿とさせる淀みのない正論に、セレナはハッとしたように手元の皿へ視線を落とした。
「……失礼しました。あまりに未知の概念だったもので、つい配慮を欠きましたね」
「ご理解いただければ結構です。さあ、まずは温かいうちに召し上がってください」
満足げに頷くセイヤの横で、リュウジが
「まるでお前が招いたみたいな言いっぷりだな……」
と引きつった笑いを浮かべる。教官であるレオンに至っては、教え子のあまりに恐れ知らずな物言いに、額に冷や汗を浮かべて石像のように固まっていた。だが、そのおかげでセレナの過熱していた興味は一旦落ち着き、再び穏やかな会食の時間が戻った。全員がデザートを食べ終わったのを見計らい、セイヤは背筋を正して口を開いた。
「それでは、セレナ大佐。先ほどのご質問の補足として、私からアイスクリームの詳細についてご説明させていただきます」
凛とした態度で宣言したその瞬間、レオンの背中を一筋の冷や汗が伝った。
(お、おいおい……。まさか、大佐相手にアイスクリームの講義を始める気じゃないだろうな?)
つい先ほども食事の作法について堂々と諭したばかりだ。今度は商品の説明まで始めようとしている。
(頼むぞ、セイヤ……。相手はリヴィア星航宙隊を率いる大佐だ。学校の生徒じゃないんだ、頼むから失礼のないようにしてくれよ……)
内心で胃をきりきりと痛め始めた教官の心配など、当のセイヤは露ほども知らず、至って真剣な面持ちで一歩前へ出た。
▲「今回、私たちが輸送していた商品は、《LeCiel(ル・シエル)》という銀河最高級アイスクリーム専門店が手掛ける最新作、《STELL ABLANC(ステラ・ブラン)》です」
「銀河最高級……」
セレナの瞳がわずかに輝く。
「《LeCiel》は、『空よりも軽く、星よりも美しい一口を。』を理念に掲げる名店で、銀河各地の美食家から高い評価を受けています。」
セイヤは人差し指を立てて、淀みなく続けた。
「そして《STELLA BLANC》は、その《LeCiel》が今月発売する新商品です。発売前から予約が殺到し、銀河中の美食家たちがその一口を渇望していると聞き及んでいます」
「発売前から……そこまで人々を惹きつけるのですか」
セレナは思わずといった様子で、わずかに身を乗り出した。
「ええ。最大の特徴は、濃厚なミルクの甘みです。口へ運んだ瞬間に豊かな香りとコクが爆発的に広がりますが、後味は驚くほど軽やかで、いつまでも口に残りません」
朗々と語るセイヤの背中に向かって、リュウジが小声で鋭いツッコミを入れる。
「(おい、お前だってまだ食ったことねえだろ!)」
「さらに、この商品には特殊製法が採用されています」
セイヤは至って真面目な表情のまま言葉を継いだ。
「公式資料によりますと、『胃に届く前に蒸発する特殊製法により、カロリーゼロを実現したプレミアムアイス』
と説明されています」一瞬、室内が静まり返った。
「……蒸発?」セレナが驚きに目を丸くする。
「はい」
セイヤは、先ほどマリーネから受けた説明を正確に思い返しながら深く頷いた。
「私も最初は耳を疑いましたが、それこそが《STELLA BLANC》最大の売りなのだそうです」
その堂々たる解説の背後で、リュウジが小声で鋭く突っ込んだ。
「(おまえもついさっき知ったばっかだろ!)」
「…………」
セレナは絶句し、しばらくの間、深遠な哲学の命題でも突きつけられたかのように考え込んでいたが、やがて感嘆を込めて小さく呟いた。
「それほどまでに完成された食品が……この銀河には存在するのですね」
その声音には、単なる輸送品への関心を超えた、純粋な憧憬の念が滲んでいた。エリオはそんな上官の意外な横顔を盗み見て、人知れず口元を緩める。セイヤは満足げに胸を張り、話を締めくくった。
「《STELLABLANC》は、単なるデザートではありません。一口で人々を幸福にするために作られた、銀河最高峰の芸術品なのです」
セレナは静かに目を閉じ、未だ見ぬその味を想像するように小さく息を吐いた。
「……ぜひ一度、味わってみたいものですね」
その言葉を聞き、レオンはようやく胸をなで下ろした。(よ、良かった……。不敬罪で捕まらなくて本当に良かった……)
隣ではバルドが肩を震わせながら、小声で囁いてくる。
「おいレオン、あいつの度胸はまともじゃねえな。」
「……否定はできないな」
レオンは遠い目をして答えた。一方のセイヤは、教官たちの動揺などどこ吹く風で、満面の笑みを浮かべて追撃の一言を放つ。
「大佐、もしご不明な点がございましたら、遠慮なくご質問ください。マニュアルの範囲内であればお答えします」
(まだ質問を受け付ける気かーーっ!)
レオンは心の中で、全力の叫びを上げた
「……では、その『蒸発』する際の温度変化について詳しく――」
セレナが真剣な面持ちで身を乗り出し、さらなる追及を始めようとしたその時だった。会食室の壁に埋め込まれたスピーカーから、落ち着いた電子音声が響き渡った。
『まもなくアルフェリオン星系、第七物流ターミナルへ到着します』
アナウンスに応じるように、全員が展望窓へと視線を向けた。漆黒の宇宙空間に、無数の貨物船や巨大な輸送艦が整然と行き交う、銀河有数の物流拠点がその全貌を現していた。
「もう着いたのか」
オリビエが驚きに目を見開く。
「話をしていたら、本当にあっという間でしたね」
レオンは一人びっしょりと汗をかいて
「助かった……」
と小さく呟いた。
「……まだ、お聞きしたいことがあったのですが」
名残惜しそうに視線を彷徨わせるセレナに対し、セイヤは迷いのない口調で言い放った。
「百聞は一見にしかず、です。あとは実際に食べて確かめてみてください」
セレナは頬をわずかに朱に染め、小さく咳払いを一つすると、居住まいを正して表情を整えた。
「そうですね。任務がひと段落したら、立ち寄ってみることにしましょう」
凛とした声で告げられたその言葉に、エリオは何も言わなかった。ただ、その横顔には
「やっぱりそうなりましたか」
とでも言いたげな穏やかな笑みが浮かんでいた。
誰一人として、それを口に出す者はいなかった。だが、その場にいた全員の確信は一つだった。――セレナ大佐は、絶対に《STELLABLANC》を食べに行く。
そんな微笑ましくも奇妙な余韻を残したまま、《セレスティア》は静かに滑るような動きで、アルフェリオン星系第七物流ターミナルへと入港していった。
第11話に続く



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