第7章「アップデート」
第三演算加工室。静かな機械音だけが響いていた。演算テーブル中央には、淡く光るエモーションチップ。クロは静かに整備ベッドへ腰掛けていた。
ポックスはアナライザー・パッドで最終確認を行っている。
リュウジは壁へ寄りかかったまま、納得できない顔をしていた。
「ほんとにいいのかよ」
クロは静かに頷く。
「感情は悪くありませんでした」
少しだけ笑う。
その笑顔は、以前のクロには無かったものだった。
「ですが」
クロはゆっくり胸部へ手を当てる。
「私は感情のコントロールを、皆さんのようにうまくできません」
「いつか、皆さんに迷惑をかける事になりかねません」
ポックスは何も言わない。その表情は複雑だった。クロの気持ちが、一番理解できてしまうからだ。リュウジが頭をかく。
「でもさぁ……」
その時だった。自動ドアが開く。
「あれ?みんないる……って」
ミリィだった。その後ろにはセイヤ、エミリア、ヴァルもいる。
ミリィは室内の空気を見て足を止めた。
「……何してるの?」
沈黙。エミリアがゆっくり周囲を見る。そして静かに言った。
「……隠してたわね」
ポックスが小さく息を吐く。
「隠しとおす予定でした」
リュウジが苦笑する。
「まあ、そうなるよな……」
ミリィは不安そうにクロを見る。
「クロ?」
クロは少しだけ困ったように微笑んだ。
「説明します」
静かな演算加工室。クロはエモーションチップの事を話した。
感情を知りたかった事。
笑えるようになった事。
恋をした事。
そして、その感情を制御できなくなった事。
ミリィは言葉を失っていた。
「クロが……感情を……?」
ヴァルは静かに頷く。
「だから最近、少し違ったんだね」
エミリアもクロを見つめる。
「……そういう事だったのね」
セイヤは腕を組みながら真面目に聞いていた。
「なるほど」
リュウジが小声で呟く。
「お前だけリアクション薄いな……」
クロは皆を見る。
「私は、皆さんと居て楽しかった」
静かな声だった。
「笑う事を知りました」
「嬉しいも、楽しいも、苦しいも知りました」
そして。
クロはゆっくりミリィを見る。
「ミリィ」
ミリィが小さく肩を震わせる。
「あなたは、笑う事を教えてくれました」
ミリィは目を見開いたまま動けなかった。
その意味を、なんとなく理解してしまったからだ。
リュウジも静かに視線を落とす。
重い空気が流れる。だが。その空気を破ったのはセイヤだった。
「苦しいからって、無かった事にする必要はないだろ」
全員がセイヤを見る。
セイヤは真顔だった。
「風紀も恋も、面倒な事は多い」
「でも、だから意味があるんじゃないか?」
エミリアが少し驚いたように目を瞬かせる。
リュウジが呆れたように笑った。
「たまに良い事言うんだよな……」
セイヤは首を傾げた。
「いつも言ってるぞ?」
エミリアが即座に返す。
「そこで台無しにしないで」
少しだけ空気が和らぐ。
クロは静かに目を閉じた。
「……ありがとうございます」
そして小さく微笑む。
「ですが私は、まだ未熟です」
ポックスは静かに頷いた。
クロは続ける。
「今回の経験は、データとして残ります」
「その分、アップデートされています」
数秒の沈黙。リュウジが吹き出した。
「ここでタイトル回収すんな!」
クロも小さく笑う。
「ふふ……」
ミリィが涙を浮かべたまま笑った。
「もう……クロぉ……」
ポックスが静かにアナライザー・パッドを操作する。
【EMOTION CHIP : SHUTDOWN】
演算テーブルの光がゆっくり弱まっていく。
クロは皆を見回した。
セイヤ。エミリア。リュウジ。ミリィ。ヴァル。ポックス。
「ありがとうございました」
静かな停止音。胸部コアの光がゆっくり消える。
ミリィは涙を拭った。
ヴァルは静かに目を閉じる。
エミリアはじっと見つめる。
そして数秒後。
クロの胸部コアが再び淡く点灯する。
「システム正常」
いつものクロの声だった。
ミリィが少し不安そうに笑う。
「……おかえり、クロ」
クロは少しだけ首を傾げる。
「ただいま?」
全員停止。
リュウジが目を見開く。
「……今、言ったよな?」
クロ自身は不思議そうだった。
「何がですか?」
静かな沈黙。
そして、セイヤが真顔で頷く。
「また感情について学びたくなったら、酒飲んで寝ろ!」
数秒停止。
リュウジが吹き出す。
「だから解決法が雑なんだよ!!」
エミリアがセイヤの首をしめる。
「なんで毎回それなのよ……!」
ミリィは涙を拭きながら笑っていた。
「あはははっ!」
ヴァルも静かに微笑む。
ポックスだけが小さく息を吐いた。
「……ですが、間違ってはいません」
リュウジ
「お前まで乗るな!!」
クロは皆を見回す。
そして。ほんの少しだけ。
自然に笑った。
第66話 クロ、アップデートされる おわり


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