宇宙生徒会長セイヤ 第65話「クロ、アップデートされる」⑥

2.宇宙生徒会長セイヤ

第6章「失恋」

クロの異常は、ゆっくりと進行していた。
授業中、クロは何度もミリィの方を見てしまう。

ミリィが笑うたび。

リュウジと話すたび。

胸部コアが熱を持つ。

【情動反応上昇】
【演算優先順位変動】
【集中率低下】
クロは静かに胸を押さえた。
「……苦しい」
その感覚を、クロはまだうまく処理できなかった。
昼休みの食堂でミリィがクロの隣へ座る。
「クロ、最近ちょっと静かじゃない?」
クロは即座に通常モードへ戻る。
「問題ありません」
ミリィは心配そうだった。
「ほんと?」
クロは頷く。
しかしその直後に向こう側からリュウジが手を振った。
「ミリィー!こっち座れよ!」
ミリィの顔がぱっと明るくなる。
「あ、リュウジ!」
自然に立ち上がり、迷いなくリュウジの隣へ座るミリィ。
二人は楽しそうに笑い始めた。
「昨日のセイヤ見た?」
「風紀保存会の会則作ってたやつ?」
「あはははっ!」
クロはその光景を静かに見つめていた。胸部コアが軋む。
【高負荷警告】
【情動出力上昇】
【演算安定率低下】
クロはゆっくり視線を落とした。
「……そうですか」
誰にも聞こえないほど小さな声だった。

放課後の整備区画、ポックスはアナライザー・パッドを見つめていた。そこへリュウジがやって来る。
「クロ、最近マジで様子おかしくね?」
ポックスは静かにログを表示した。
感情波形が激しく乱れている。
「情動反応が危険域へ近づいています」
リュウジが顔をしかめる。
「そんなヤバいのか?」
ポックスは小さく息を吐いた。
「恋愛感情は、非常に非効率です」
クロから相談を受けた時に言った言葉。
その意味を、今のポックスは少し違う感情で口にしていた。
「判断力を鈍らせる」
「思考を偏らせる」
「そして……苦痛を生む」
リュウジは珍しく真面目だった。
「でもさ」
「それって悪い事だけじゃねぇだろ?」
ポックスは少しだけ黙る。
「……分かりません」
その頃、クロは一人で艦内通路を歩いていた。
向こう側から笑い声が聞こえる。自然と足が止まった。そこにはミリィとリュウジがいた。
「だからセイヤ、“風紀マスコットキャラ”作ろうとしてたんだって!」
「もう止められねぇなあいつ!」
二人は楽しそうに笑っている。
ミリィは笑いながら、自然にリュウジの腕へ寄りかかった。
「ありがと、リュウジ」
リュウジも自然に笑う。
「別に大した事してねぇよ」
その瞬間だった。
【情動出力限界接近】
【演算安定率低下】
【内部温度上昇】
クロは立ち止まる。胸が痛かった。だが、それ以上に理解してしまった。
「……私は、入れない」
クロは静かに俯いた。
ミリィの隣にいるのは、自分ではない。
その事実を、感情として理解してしまった。

その夜、整備区画。静かな演算加工室にクロは立っていた。
ポックスは既に待っていたようにアナライザー・パッドを閉じる。
「来ると思っていました」
クロは静かに言う。
「感情は……苦しいです」
ポックスは何も言わない。
クロは続けた。
「胸が熱い」
「思考が乱れる」
「なのに、相手を見るのを止められない」
しばらく沈黙が続く。やがてポックスが小さく呟いた。
「だから私は、感情を抑制しています」
クロはゆっくり顔を上げる。ポックスは静かだった。
「感情は合理性を壊す」
「苦痛も生む」
「だから、バルタン星人は制御する」
クロは静かに聞いていた。
「ですが」
ポックスが少しだけ視線を逸らす。
「……私は、あなたを羨ましく思う事があります」
クロがわずかに目を見開く。ポックスは続けた。
「あなたは感情を求めた」
「私は、抑え続けている」
クロは静かに呟く。
「感情を持つ皆さんが、眩しく見えました」
ポックスは小さく頷いた。
「分かります」
クロは胸部へ手を当てる。
「私は、十分学びました」
ポックスが顔を上げる。クロは静かに微笑んだ。それは少しだけ寂しそうな笑顔だった。

「エモーションチップを停止します」
その瞬、後ろの自動ドアが勢いよく開く。
「待てよ!」
リュウジだった。クロは静かに振り返る。リュウジは真っ直ぐクロを見る。
「それで終わりかよ」
「好きになったからって、全部止めんのか?」
クロは静かに答える。
「この感情は苦痛です」
リュウジは即座に返した。
「そりゃそういうもんだろ」
クロは少し黙る。リュウジは頭をかきながら続けた。
「でもさ」
「お前、笑えるようになったじゃねぇか」
クロの演算が止まる。
リュウジは少し笑った。
「前のお前より、今のお前の方が好きだぞ、俺は」
静かな沈黙。クロはゆっくり目を閉じる。
「……ありがとうございます」
そして、小さく呟いた。
「ですが」
クロは胸部へ触れる。
「恋は、素敵でした」
アナライザー・パッドへ表示される文字。

【EMOTION CHIP : SHUTDOWN READY】

静かな演算加工室に、その文字だけが淡く光っていた。

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