前回のあらすじ
居酒屋クロの常連であるポックスとギルの行動ログを分析したクロは、二人の定位置に「年間シート」の木札を設置する。当初は困惑するポックスだったが、クロの熱意とギルの快諾に押され、特別扱いを受け入れる。一方、厨房ではヴァルがクロから料理を教わり始め、仲間たちの賑やかな笑い声が店内に響き渡っていく。
第4章後編 「年間シート」
セイヤは、ふと思い出したようにクロの方へ視線を向けた。
「そうだ、クロ」
「はい」
「文化祭の件だが」
その一言で、店内の賑やかさがふっと凪ぎ、全員の視線が自然とセイヤに集まった。セイヤはゆっくりと店内を見回し、その場の空気を確かめるようにしてから口を開いた。
「『立ち飲みライブハウスKURO』の、店内イメージを固めておいてくれ」
その言葉に、クロの動きがぴたりと止まった。無機質な瞳の奥で、膨大な演算が開始される。
「……ホロデッキ用の、空間構成データということでしょうか」
「ああ」
セイヤは短く、しかし確かな重みを持って頷いた。
「この店をそのまま再現する必要はない。ライブ演奏に特化した、最適な空間へと改良してくれ」
セイヤの言葉を受け、クロは即座に手元のアナライザー・パッドを起動した。青白い光がクロの無機質な瞳を照らし、画面上には新たなログが刻まれていく。
【新規プロジェクト:立ち飲みライブハウスKURO】
「了解しました。空間構成の再定義を開始します」
淡々と、しかしどこか熱を帯びた手つきで端末を操作するクロに、セイヤは言葉を継いだ。
「ポックス」
セイヤは、冷静に状況を分析しているポックスへと視線を移した。
「はい」
「クロの設計を手伝ってくれ。お前の専門的な知見が必要だ」
ポックスは迷うことなく、短く頷いた。
「承知しました。……音響設備、照明設備、および緊急時の避難経路、ならびに客席配置の効率化」
彼は指を一本ずつ折りながら、立て板に水のごとく項目を列挙していく。「すべて、私が最適化してみせましょう」その言葉に、リュウジが呆れたように肩をすくめた。
「最後だけ、妙に気合が入ってんな」
セイヤはわずかに口角を上げると、今度はヴァルへと視線を移した。
「ヴァルも頼む」
「……私も?」
意外な指名に、ヴァルは自分の胸に手を当てて目を丸くした。
「ああ。実際にこの店で働いているのはヴァルだ。客の目線だけじゃなく、店員としての意見も必要だと思う」
セイヤの真っ直ぐな言葉に、ヴァルは少し照れくさそうに、けれど誇らしげに微笑んだ。
「……うん。私にできることなら、喜んで」
クロの指先が、流れるような速さでパッドの画面を叩く。
【総合設計:クロ】
【技術監修:ポックス】
【店舗運営監修:ヴァル】
画面に刻まれたその布陣を見て、ミリィが身を乗り出し、宝石のような瞳を輝かせた。
「わあ、本格的! ねえねえ、私もお手伝いしたーい!」
「分かった。ミリィはヴァルとポックスの補助を頼む」
「はーい! 任せて!」
元気よく手を挙げるミリィを見て、エミリアがどこか呆れたような、それでいて楽しそうな苦笑を漏らした。
「……なんだか、とても文化祭の出し物を準備しているとは思えないわね」 その言葉に、リュウジが鼻を鳴らして同意する。
「全くだ。絶対、うちの生徒会だけ気合いの入れ方を間違えてるだろ」
軽口を叩き合いながらも、メンバーたちの表情には確かな高揚感が宿っていた。その後も、夜が更けるまで熱のこもった話し合いは続いた。ライブステージの構造、客席の配置、当日限定の特別メニュー、そして空間を彩る照明演出――。文化祭という一つの目標に向かって、居酒屋クロの夜は賑やかに更けていった。
そして、気づけば閉店の時間を迎えていた。ポックスとギルは、最後までそれぞれの「年間シート」に腰を落ち着け、名残惜しそうにグラスを空けた。 クロが二人の前に立ち、静かに一礼する。
「年間シートのご利用、ありがとうございました」
「……ええ。また明日、伺います」ポックスが事も無げに、しかし確かな再会の約束を口にした。
「……ありがとう」
ギルもまた、短く、しかし深い感謝を込めて応じる。
そのやり取りを側で聞いていたヴァルは、思わず後片付けの手を止めて目を見開いた。以前の、理屈と効率を鎧のように纏っていたポックスなら、これほど素直に「また明日」などとは言わなかったはずだ。
彼の心に芽生えた小さな変化が、ヴァルにはたまらなく嬉しかった。
「……ふふっ」
ヴァルがこらえきれずに小さく笑うと、ポックスは少しだけ決まり悪そうに、スッと背筋を伸ばして鮮やかな敬礼を贈った。
「それはするのかよ!」
リュウジの鋭いツッコミが飛ぶ中、クロの指先が淡々とパッドを叩く。
【個体名ポックス:好意表現行動を確認】
「……クロ、入力をやめてください」
ポックスの抗議に、店内は再び温かな笑いに包まれた。
こうして居酒屋クロには、正式な年間シート利用者が誕生した。
少しだけ素直になったポックスの横顔を、おでんの湯気が優しく包み込んでいた。🏮🍢✨
次章に続く

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