宇宙生徒会長セイヤ 第69話「ポックス、常連になる」①後編

2.宇宙生徒会長セイヤ

登場人物紹介
■ セイヤ 風紀を愛する生徒会長。今日も正論で突っ走る。
■ クロ  感情を得ようとする推定10億歳のアンドロイド。
■ リュウジ 頼れる幼馴染。仲間思いの生徒会メンバー。
■ ポックス 冷静沈着な副会長。論理を愛するバルタン星人。
■ エミリア 生徒会書記。優秀な参謀役でセイヤの補佐担当。ミリィは双子の妹。
■ ミリィ 明るく元気な看護師志望。誰とでも仲良くなれる。エミリアは双子の姉。
■ ヴァル 穏やかな流体生命体。優しさ溢れる癒やし担当。

第1章 前編「クロ、アルバイトを雇う」  

 夜の帳が下りた商業ブロックの裏路地。そこには、周囲の無機質な景色とは対照的な、温かみのある赤提灯が静かに揺れていた。使い込まれた風合いの暖簾には、『居酒屋クロ』の文字が力強く躍っている。開店から数週間。この店は、今や艦内でも知る人ぞ知る名店になりつつあった。もっとも、夜が始まったばかりのこの時間帯は、まだ客の姿もまばらだ。
 店内のカウンター席には、エミリア、ミリィ、ヴァルの三人が肩を並べて座っていた。
「ねぇ、クロ」
ミリィがカウンター越しに身を乗り出して声をかける。
「なんでしょう」
厨房では、はっぴ姿のクロが手際よく鍋を洗いながら答えた。
「クロ、もうすっかり居酒屋の大将が板についてるよね」
エミリアも隣で苦笑をもらす。
「ええ。最初にこの店を見た時は、どうなることかと思ったけれど」
ヴァルも静かに、だが確かな肯定を込めて頷いた。
「……似合ってる」
クロは作業の手を止め、コンマ数秒の演算を経てから答えた。
「ありがとうございます」
「そこは否定しないんだ!」
ミリィが思わず吹き出す。
その時だった。クロが、熱を帯びた小さな鉄鍋を三人の前へと差し出した。
「試作品です」
ジュウジュウという小気味よい音と共に、食欲をそそるニンニクの香りがふわりと立ち上る。
「なにこれ、おいしそう!」
ミリィが目を輝かせ、エミリアも興味深そうに中を覗き込んだ。
「アヒージョ?」
クロは表情を変えずに頷く。
「はい。居酒屋の定番料理の一つであるとデータベースにあったため、試作しました」
数秒の沈黙の後、ヴァルが小さく息を吐いた。
「……おいしい」
その言葉を合図に、ミリィもフォークを伸ばす。
「うわっ! これ、めっちゃ美味しい!」
エミリアも驚きに目を見開いていた。
「えっ、本当にクロが作ったの?」
「はい」
クロは真顔で、さも当然といった風に答える。ヴァルは名残惜しそうに、空になった鍋の底を見つめた。
「……パン、もっと欲しい」
「想定内です」
クロが淀みのない動きで差し出した皿には、すでに追加のパンが並んでいた。
「あはは、さすが大将、やるねぇ!」
ミリィの笑い声が響き、店内には穏やかな時間が流れる。

その時、入り口の暖簾がさらりと揺れた。
「クロくん、こんばんは」
入ってきたのは、顔なじみの男性客だ。
「いらっしゃいませ」
クロが軽く頭を下げる。客はいつもの定位置であるカウンターの端に腰を下ろした。
「楽しそうだねぇ。今日は暇なのかい?」
「現在、客数は四名です」
クロの即答に、客は苦笑いをもらした。
「ははは、そういう意味じゃないよ。……まあいいや、とりあえず生一つと、刺身の盛り合わせを頼むよ」

「はいよー!」

クロが威勢よく返事をする。それは、彼が学習した『理想的な居酒屋の大将』の音響データを忠実に再現した、少し不自然なほどに張りのある声だった。
「マニュアル通りなんだろうけど、様になってるじゃない」
エミリアが小さく吹き出すと、ミリィも楽しそうに続けた。
「一生懸命なのが伝わってくるねぇ。あの『はいよー』、絶対ボリューム設定間違えてるでしょ」
ヴァルも、そのぎこちないながらも懸命な姿を、どこか眩しそうに見つめていた。少し前のクロなら、客との交流を「業務」として最小限に済ませていただろう。しかし今は、最適化の過程で生まれたその不器用なコミュニケーションを、彼自身がどこか楽しんでいるようにも見えた。

次章に続く

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