宇宙前生徒会長セイヤ 第6話「母艦を待ちながら」

2.宇宙生徒会長セイヤ

前回のあらすじ
貨物船のエネルギー消失の原因は、高度なバイオ技術で生まれた幼体宇宙船「ルミ」が、船を母親と誤認して甘えていたためだった。ルミの世話役エリオから事情を聞いたレオンは、母艦到着までの二十分間を待つと決断。冷却限界が迫る中、一行は巡航速度を落として発熱を抑え、最高級アイスを守るための瀬戸際の待機に入る。

登場人物紹介
■ セイヤ  風紀を愛する前生徒会長。今日も正論で突っ走る。
■ ポックス 冷静沈着な前副会長。論理を愛するバルタン星人。
■ クロ   感情を得ようとする推定10億歳のアンドロイド。
■ リュウジ 頼れる幼馴染。仲間思いの前生徒会メンバー。
■ ギル   岩石星人の前風紀委員。見た目は怖いが五つ子の父親。
■ カズマ  新聞部の特ダネ記者。艦内の噂話ならお任せ。
■ エミリア 前生徒会書記。優秀な参謀役でセイヤの彼女。ミリィの姉(双子)
■ ミリィ  明るく元気な医療部志望。リュウジの彼女。エミリアの妹(双子)
■ ヴァル  穏やかな流体生命体。優しさ溢れる癒やし担当。
■ ミドリ  セイヤの母。医療部勤務の優しく包容力あふれる看護師。
■ カナ   セイヤの妹。明るく優しい兄思いのしっかり者。
■ ハナエ  リュウジの母。医療部勤務の明るく頼れるムードメーカー。

登場人物(新キャラ)&アイテム・その他紹介

レオン・アークライト少尉(セイヤ担当教官)
冷静沈着な操舵士。新人を温かく導く頼れる教官。
バルド・グレイン曹長(リュウジ担当教官)
豪快な機関部の鬼教官。情に厚い頼れるベテラン。
アイリス・フェルナ少尉(ポックス担当教官)
穏やかな科学士官。知性と優しさで後輩を導く研究者。
■オリビエ
貨物船船長。営業上手で人望厚い陽気なベテラン。
■マリーネ
アクアリア星人。船を一人で支える冷静沈着な女性整備士。
エリオ・ミレイス少尉
幼体生体宇宙船ルミの育成を担うリヴィア星航宙隊少尉。誠実で心優しく、生きた宇宙船を家族のように慈しむ。
セレナ・アルシア大佐
リヴィア星航宙隊母艦《エターナル・ネスト》艦長。冷静沈着で部下や我が子を深く慈しむ女性指揮官。
ルミ
リヴィア星で育つ生後八か月の幼体生体宇宙船。甘えん坊で好奇心旺盛、母艦を探して宇宙を泳ぐ。
セレスティア
リヴィア星航宙隊所属、生体宇宙母艦。
ルミの母艦であり、セレナ・アルシア大佐が指揮を執る個体。

フロスト鉱石
惑星フロストガルドに眠る超希少鉱石。極低温エネルギーを蓄積・制御する特性を持ち、宇宙船機関や兵器、医療機器など幅広い分野で使用される。

■Le Ciel(ル・シエル)
銀河最高級アイスクリーム専門店。「空よりも軽く、星よりも美しい一口を。」
今月の新商品
STELLA BLANC(ステラ・ブラン)
濃厚なミルクの甘みが口いっぱいに広がり、胃に届く前に蒸発する特殊製法を採用したカロリーゼロのプレミアムアイス。発売前から予約が殺到する話題の逸品。

第6話前編「母艦を待ちながら」

 母艦の到着まで、残された時間はあと二十分。レオンは救助班の面々を見渡し、短く命じた。

「全員、休息に入れ。この二十分は貴重だ。いつ何が起こるか分からん。休めるうちに休んでおけ」

「了解!」

その言葉を合図に、艦橋を支配していた張り詰めた空気は、ふっと和らいだ。コスモレスキュー〇三号のシャワールーム。そこでは、熱い湯ではなく、心地よく冷えた水が勢いよく吹き出し、肌に張り付いた汗を洗い流していた。
熱暴走を起こしたシルバー・マーチ号の艦内は、空調が死に絶え、さながら蒸し風呂のような惨状だった。それだけに、肌を焼く酷暑から解放されたという事実だけで、鉛のように重かった身体がふわりと軽くなる。シャワーを浴び終えたオリビエ船長は、タオルで濡れた髪を拭いながら、心底満足そうに息を吐いた。

「……生き返りました」

「やっと汗が引きましたね」

隣で同じように身なりを整えたマリーネ機関士も、深く頷く。適切に温度管理されたシャトル内の空気。喉を潤す冷たい飲み物。そして、身体を預けられる柔らかなシート。失いかけて初めて気づく、何気ない日常の断片が、今の彼女たちには何よりも尊い宝物のように感じられた。

 その頃、艦橋ではレオンが静かに星図を見つめていた。そこへ、身なりを整えたオリビエが歩み寄る。

「レオン少尉」

「……どうしました?」

レオンが視線を向けると、オリビエは居住まいを正し、深々と頭を下げた。

「この度は、本当にありがとうございました。あなた方が来てくださらなければ、我々は全員、あの酷暑の中で力尽きていたでしょう」

切実な感謝の言葉に、レオンは小さく首を振った。

「礼には及びません。我々は任務を果たしたまでです」

オリビエはふと、メインモニターに映る虚無の深淵へと視線を移した。

「……本当に、母艦は来るのでしょうか」

その呟きに、和らぎかけていた艦橋の空気が再びわずかに引き締まる。レオンは静かに、だが迷いのない声で答えた。

「私は来ると信じています」

一拍置き、彼は指揮官としての厳しい表情を取り戻した。

「ですが、指揮官は常に最悪の事態も想定しておかねばなりません」

「ポックス」

「はい」

「仮に母艦が来なかった場合、ルミをシルバー・マーチ号から引き離す方法はあると思うか?」

レオンの問いに、ポックスは腕を組み、深く考え込んだ。

「現時点では、判断材料が不足しています」

アイリスもそれに合わせるように、空中に分析結果のウィンドウを展開した。

「生体宇宙船の幼体に関する行動データは、連邦のデータベースにも存在しません」

リュウジが困ったように頭を掻いた。

「なあ、あいつがエネルギーを吸ってるんなら、もっとデカいエネルギー源を用意してやれば、そっちへフラフラ付いて行くんじゃないか?」

「可能性は否定できません」

ポックスが冷静に、だがどこか否定的なニュアンスを込めて答える。

「しかし、この土壇場でルミを誘惑できるほどのエネルギー源など、どこにもありません」

セイヤが腕を組み、ふと思いついたように口を開いた。

「母親の鳴き声でも聞かせりゃ、あいつも帰るんじゃないか?」

しかし、ポックスは即座に首を横に振った。

「母艦の通信周波数は未知数です。現時点での再現は不可能と言わざるを得ません」

リュウジは手元のメモに何かを書き留めながら、困ったような苦笑いを浮かべた。

「宇宙船の子育てってのは、想像以上に難しいもんだな……」

その場にそぐわない「子育て」という言葉に、張り詰めていた艦橋の空気がふっと緩み、笑いが広がった。レオンもまた、口元をわずかに緩める。

「少なくとも、士官学校の教本には載っていなかったな」

その頃、マリーネはシャトルのコンソールに向かい、遠隔操作でシルバー・マーチ号の機関データを注視していた。

「現在、温度上昇率が一五パーセント低下しました」

「巡航速度を落とした効果が出たようですね」

マリーネの報告に、傍らに立つバルドが低く応じる。

「だが、まだ安心はできんぞ」

彼の言葉を裏付けるように、熱分布モニターに映し出された赤い領域は、今もなお、じわじわと侵食を広げ続けている。心臓部であるエーテル結晶炉の負荷は、依然として危険域を彷徨ったままだった。

 その隣のサブモニターには、冷凍倉庫の内部映像が映し出されていた。透明な強化保存ケースの中には、この航海の目的の一つである《STELLABLANC》が静かに鎮座している。

「アイスの状態はどうだ?」

バルドの問いに、マリーネは手元の数値を素早く確認し、安堵の笑みを浮かべて答えた。

「問題ありません。フロスト鉱石による応急冷却がしっかりと機能しています」

「それは重畳だ」

バルドは大きく息を吐き出し、強張っていた肩の力を抜いた。

「せっかく命懸けで救助したんだ。中身が溶けちまったら、それこそ泣くに泣けんからな」

しかし、マリーネはすぐに表情を引き締め、再びモニターの数値に視線を落とした。

「ですが、まだ予断は許しません。もしこれ以上に艦内温度が上昇すれば、フロスト鉱石の冷却能力だけでは限界が来ます」

「結局のところ、あの赤ん坊の機嫌次第ってわけか」

バルドは忌々しげに、だがどこか諦めたように腕を組んだ。

母艦到着まで、残り十分。それまで固く沈黙を守っていたアイリスが、弾かれたように顔を上げた。

「長距離センサーに異常反応!」

その鋭い声に、全員の視線がメインモニターへと集中する。しかし、漆黒の宇宙が映し出されるばかりで、そこには何の変化も見当たらない。

「故障か?」

バルドが怪訝そうに呟くが、アイリスは即座に首を横に振った。

「いえ、違います。……来ます。母艦が、すぐそこに。信じられないほどの質量です」

アイリスの言葉が終わるか終わらないかの瞬間だった。何もないはずの宇宙空間そのものが、まるで水面に投げ込まれた石の波紋のように、ぐにゃりと歪み始めた。

「空間歪曲……」

ポックスが、祈るような、あるいは畏怖を込めたような声で静かに呟いた。星々が歪み、光がゆっくりと曲がっていく。まるで宇宙に見えない扉が開こうとしているようだった。誰も息をすることすら忘れている。揺らぎは次第に大きくなり、やがて、その中心から巨大な影が姿を現した。

「生命の神秘と高度な進化が、完璧な調和を見せている……魅惑的だ」

ポックスが思わず声を漏らす。現れたのは、全長約三キロメートルにも及ぶ巨躯だった。翼を大きく広げたマンタを思わせるその優雅な姿は、見る者を圧倒する。金色と青白い光の奔流が全身を脈動するように流れ、それが冷徹な金属の塊ではなく、生きた生命だけが宿す柔らかな鼓動を刻んでいることを伝えていた。

「リヴィア星航宙隊……母艦……」

ポックスの声が、震えていた。その瞬間だった。シルバー・マーチ号の船底に、あれほど頑なに張り付いていたルミが、「ピィーーーッ!」と、突き抜けるような歓喜の声を上げた。

ルミは弾かれたように船体を離れると、一直線に巨大な母艦へと飛んでいく。母艦はそれに応えるかのように静かに巨体を傾け、愛おしい我が子を包み込むように優しく迎え入れた。それは、広大な宇宙の片隅で繰り広げられた、親子が抱き合うかのような慈愛に満ちた光景だった。

同時に、それまで艦内に鳴り響いていたシルバー・マーチ号の警報音が、嘘のように鳴り止んだ。

「温度上昇、停止しました!」

「エーテル結晶炉、正常出力へ復帰。安定しています!」

マリーネとポックスの報告が重なり、艦橋に爆発的な歓声が沸き起こる。だが、その歓喜の渦を切り裂くように、コンソールが新たな信号を捉えた。

「母艦より通信。回線が開かれます」

メインモニターのノイズが鮮やかに晴れていった。そこに映し出されたのは、凛とした表情を湛えた一人の女性士官の姿だった。その肩には、大佐であることを示す見慣れぬ意匠の徽章が輝いている。彼女は静かに、だが節度ある動作で敬礼を捧げた。

「私はリヴィア星航宙隊、エターナル・ネスト級生体宇宙母艦《セレスティア》艦長、セレナ・アルシア大佐です。」

そして、彼女は深々と頭を下げた。

『このたびは、我が艦艇ルミが皆様に多大なるご迷惑をお掛けしました。……心より、お詫び申し上げます』

レオンもまた、吸い寄せられるように立ち上がり、背筋を伸ばして敬礼を返した。未知の文明との歴史的なファーストコンタクト。それは、予期せぬ敵意や警戒ではなく、一人の母親としての真摯な謝罪から始まった。

第7話に続く

コメント

タイトルとURLをコピーしました