第1章
「感情が分からない」
コスモ・アカデミア号、整備ドック。戦闘を終えたノース・ゲート号は現在も修理中だった。装甲板はあちこち剥がれ、右舷には焼け焦げた跡が残っている。機関整備室では、リュウジが工具片手に唸っていた。
「毎回ボロボロになりすぎなんだよこの船……」
「今回はマジで死ぬかと思ったぞ」
その横でポックスは静かに端末を操作している。
「爆発しなかっただけ優秀です。よく持ちこたえてくれました」
「いや基準がおかしいだろ」
リュウジは苦笑しながら配線を繋ぎ直す。
「エーテル結晶炉、調律リング、エネルギー変換層……全部ギリギリじゃねぇか」
「よく帰ってこれたな俺達」
ポックスは冷静だった。
「セイヤの判断は正しかったです」
「先遣隊到着まで耐えたのは最善でした」
リュウジが鼻で笑う。
「あいつ、あの状況でも敵に説教してたからな」
「普通じゃねぇよ」
ポックスも少しだけ口元を緩める。
「否定はしません」
その時だった。整備室の自動ドアが静かに開く。クロだった。
「相談があります」
リュウジが嫌そうな顔をする。
「その言い方、絶対ロクでもねぇ」
クロは二人の前まで来ると、静かに言った。
「私は感情を理解できません」
空気が少し変わる。リュウジが工具を置いた。
「……急に重い話きたな」
クロは続けた。
「アルジオンで、私は恐怖を理解できませんでした」
「ミリィが回復した時、みなさんが安心していた理由も」
「セイヤとエミリアが笑っていた理由も」
クロは自分の胸部装甲へ手を当てる。
「解析は可能です」
「ですが、理解できません」
ポックスは静かにクロを見つめていた。クロは真っ直ぐ言う。
「理解したいのです」
短い沈黙。最初に口を開いたのはポックスだった。
「感情は非効率です」
即答だった。
「判断を鈍らせる」
「論理性を失わせる」
「苦痛も生みます」
リュウジが肩をすくめる。
「まあ、人間なんて大体そんなもんだろ」
クロはポックスを見る。
「ですが、みなさんは感情で行動しています」
リュウジが少し笑う。
「それで無茶もするけどな」
クロは静かに頷いた。
「ですが、みなさんは楽しそうです」
その言葉に、ポックスの指が止まる。クロはさらに続ける。
「あなたは感情を抑制しています」
ポックスは無言。クロは質問する。
「苦しくないのですか?」
整備室に機械音だけが響く。リュウジは空気を読んで黙った。
しばらくして、ポックスは視線を落としたまま答える。
「……バルタン星人は、そう教育されます」
「感情は制御すべきものです」
クロはさらに聞く。
「あなた自身は、どう思っていますか?」
ポックスは答えなかった。ただ静かにアナライザー・パッドを閉じる。
その沈黙が、逆に答えのようだった。クロは小さく頷いた。
「私は、感情を知りたい」
そして真っ直ぐ言う。
「感情を学習するシステムは作れませんか?」
リュウジが吹き出す。
「おい待て、急にSF始まったぞ」
クロは真面目だった。
「私の演算能力なら適応可能です」
ポックスは考え込む。整備室に低い駆動音だけが響く。やがてポックスが口を開いた。
「理論上は可能です」
リュウジが目を見開く。
「お前、やる気になってんじゃねぇか」
ポックスは静かにアナライザー・パッドを起動した。
「疑似情動生成システム」
「外部刺激への自律反応形成」
「記憶との連動学習……」
高速で設計図が表示されていく。リュウジが思わず口笛を吹く。
「うわ、マジで作る気だ」
クロはじっとアナライザー・パッドを見ていた。ポックスは小さく呟く。
「……少し興味があります」
リュウジがニヤッと笑う。
「しゃーねぇ、付き合ってやるよ」
「機械いじりは嫌いじゃねぇしな」
クロは二人を見る。
「ありがとうございます」
その声は、いつもと同じ機械的な音声だった。
だが、ほんの少しだけ。
いつもより柔らかく聞こえた。
モニターに新たな文字が表示される。
【EMOTION CHIP : DEVELOPMENT START】
次章に続く


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