前回のあらすじ
文化祭の準備が進む「居酒屋クロ」に、ハンク艦長ら『大人組』が突如来店する。実は彼らも常連だったことが判明し、親子同士の気恥ずかしくも温かい交流が描かれる。賑やかな喧騒と美味しい料理を通じて、世代を超えた絆が深まる中、店は誰もが自分らしくいられる「みんなの居場所」としての輝きを増していく。
第5章後編 「みんなの居場所」
そんな中、ハンク艦長がふと耳にした文化祭の話題に身を乗り出した。
「ほう、ライブハウスをやるのか?」
ミリィが待ってましたとばかりに胸を張る。
「そうだよ! 私はヴォーカル担当!」
「私はドラムよ」
エミリアが続き、ヴァルも少し誇らしげに付け加えた。
「……ギターです」
「僕はキーボードを担当します」
ポックスが冷静に告げ、ギルもぼそりと口を開く。
「……ベースだ」
「いいじゃねぇか! 面白そうだな!」
ハンク艦長が膝を叩いて快哉を叫んだ。
リュウジロウが、息子であるリュウジに釘を刺すように言った。
「リュウジ、お前はちゃんと練習しろよ。足を引っ張るんじゃないぞ」
「分かってるって。……これでも結構やってるんだからな」
リュウジが照れ隠しのように頭を掻いた、その時だった。
セイゴが、それまで黙って聞いていたセイヤに静かな視線を向けた。
「セイヤは何を担当するんだ?」
その瞬間、店内の時間が止まった。 全員の視線が、一点に、すなわちセイヤへと集中する。当の本人は、冗談を言っているようには到底見えない、至極真面目な顔つきで言い放った。
「パフォーマーです。曲に合わせて、ダンスを披露します」
一拍の静寂の後、
「「「出来んのかよ!!」」」
店が震えるほどの総ツッコミが炸裂した。セイヤが真顔で、重力に逆らうような奇妙な角度で静止する謎のポーズを決めると、一瞬の静寂の後、店内は爆発したような笑いに包まれた。エミリアは信じられないものを見る目で頭を抱え、消え入りそうな声で呟く。
「セイヤ、本当に大丈夫よね……」
しかし、リュウジは腹を抱えて笑いながら、セイヤの肩を叩いた。
「まあいいんじゃねえか! これだけインパクトありゃ、間違いなく盛り上がるぜ!」
励まし(?)を受けたセイヤは、さらに胸を張り、一点の曇りもない表情で言い切った。
「当然だ。俺のダンスだぞ」
「「「なんなの! その自信は!!!」」」
再び、店が震えるほどの総ツッコミが響き渡った。
クロはその光景を、カウンターの奥から静かに見守っていた。立場も、年齢も、種族すらも違う者たちが、同じテーブルを囲み、同じ料理を食べて笑い合っている。その光景を処理するように、クロは小さく呟いた。
「……なるほど」
喧騒の中、その声に気づく者は誰もいなかった。ただ一人、隣にいたヴァルだけが不思議そうに耳を寄せる。
「……クロ?」
クロはわずかに首を振り、いつもの無機質なトーンで応じた。
「いえ。問題ありません」
やがて閉店時間が近づき、客たちが名残惜しそうに帰り支度を始める。
ハンク艦長が満足げに腰を上げた。
「良い店だな」
ポックルも眼鏡を拭きながら深く頷く。
「ええ、全くだ」
「ごちそうさま」
セイゴが短く告げ、リュウジロウも再訪を約束するように手を挙げた。
「また来るぜ」
クロは深く、静かに頭を下げた。
「ありがとうございます。またのご来店をお待ちしております」
大人たちが店を出ていく中、ヴァルが手際よく後片付けを始める。ポックスはいつもの「年間指定席」から立ち上がると、ふとヴァルの手元に目を向けた。山積みになった皿を一人で運ぼうとするヴァルの背中を、ポックスはしばし無言で見つめる。何かを言いかけ、一度は躊躇するように視線を落としたが、意を決したように小さく息を吐くと、おもむろに制服の袖を捲り上げた。
「……手伝いましょう。一人では効率が悪すぎます」
ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、その手つきはどこか優しい。
「ありがとう、ポックス」
ヴァルは驚いたように目を丸くした後、嬉しそうに目を細めた。二人は並んで、リズムよく皿を下げ始めた。その様子を、リュウジは気づかないフリをしてミリィに促す。
「ミリィ、俺らもそろそろ帰ろうか」
「そうだね!」
ミリィも空気を読んだように明るく応じた。だが、その平穏な空気を、クロの指先が容赦なく叩き切る。アナライザー・パッドへ素早くデータが入力された。
【好意表現行動確認】
無機質な音声ログが流れた瞬間、ポックスの顔が赤く染まった。
「やめてください!」
「ははは、せっかく俺が見逃してやったのになぁ」
リュウジがわざとらしくぼやき、ミリィもクスクスと笑い声を漏らす。
「ほんとだよねー」
クロが不思議そうに考え込んでいる中、若者たちの賑やかな笑い声が夜の裏路地へと響いていった。閉店後。表の赤提灯が静かに揺れていた。
『居酒屋クロ』 クロは店先に立ち、掲げられた暖簾を静かに見上げる。 かつて銀河飯店で学んだこと。
料理の技術、感情の機微、そして人との繋がり。
その全てが、この小さな店の中に、確かに詰まっていた。
クロは自分自身に言い聞かせるように、小さく頷く。
「……悪くありません」
夜の商業ブロック。今日もまた、誰かの居場所になった店の明かりが、静かに、そして温かく消えていくのだった。
第69話「ポックス、常連になる」終わり


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