第4章 「年間シート」
前回のあらすじ
文化祭の出し物が「立ち飲みライブハウスKURO」に決定した。ヴァルやポックス、さらには常連のギルも加わり、生徒会メンバーでバンドを結成することになる。セイヤが謎の「パフォーマー」担当を宣言して周囲を困惑させつつも、一行は開催に向けて一致団結。居酒屋クロは温かな活気に包まれ、準備が動き出す。
翌日の居酒屋クロ。
開店準備の最中、クロはカウンターの奥でアナライザー・パッドの画面をじっと見つめていた。発光するパネルには、常連客たちの詳細な行動ログが冷徹な数値となって並んでいる。
【個体名:ポックス】
・来店率:100%
・同一席利用率:100%
・おでん注文率:100%
・平均滞在時間:4時間12分
【個体名:ギル】
・来店率:89%
・同一席利用率:100%
・おでん注文率:94%
・平均滞在時間:3時間57分
クロは無機質な瞳でそのデータを確認し、静かに頷いた。
「……興味深い」
数分後。店の開店準備が整うと、クロはカウンターへと歩み寄り、手に持っていた「何か」を二箇所に設置した。一つは右端、湯気を立てるおでん鍋の目の前。もう一つは、反対側の入口に近い席だ。ちょうど設置を終えた、その時だった。ガラッ、と戸が開く。まず姿を現したのはポックスだった。続いて、重厚な足取りでギルが店内に足を踏み入れる。二人は示し合わせたわけでもないのに、いつものように自分たちの定位置へと迷わず向かった。 そして、同時に動きを止めた。 見慣れたはずの席に、場違いなほど丁寧に設えられた小さな木札が置かれていたからだ。そこには達筆な文字で、こう記されていた。『ポックス様』 『ギル様』二人は数秒間、彫像のように硬直した。 ポックスが怪訝そうに眉をひそめ、木札を指差した。
「……クロ、これは一体何ですか」
「年間シートです」
クロが至極当然といった風に答えると、ポックスは即座に首を振った。
「やめてください。公共の場に私物化を持ち込むのは感心しません」
一方、ギルは自分の前に置かれた木札をじっと見つめていた。数秒の沈黙の後、彼は重々しく口を開いた。
「……ありがたい」
「受け入れるのですか!?」
ポックスが驚愕の声を上げるが、ギルは無言のまま、力強く親指を立てて応えた。その様子を眺めていたポックスは、呆れたように、しかしどこか毒気を抜かれたような顔でフッと口角を上げた。
「……やれやれ。あなたがそう言うのであれば、それも一つの形かもしれませんね」
クロは淡々とした口調で、補足説明を加えた。
「常連利用者への、最適化されたサービスです」
「サービス、ですか」
「はい。特にポックス様。あなたのデータは特筆に値します。来店率、一〇〇パーセント」
クロは淡々と事実を突きつける。
「五日連続です」
「……っ」
ポックスは図星を突かれたように言葉を詰まらせ、眉間を指で押さえた。
「……効率的、ではありますね。席を探す手間が省ける」
自分に言い聞かせるように呟くと、彼は小さく息を吐いた。
「……分かりました。そこまで言うのであれば、お言葉に甘えましょう」
ちょうどその時、店の戸が再び開き、ヴァルが姿を現した。
「……あ、もうみんな来てたんだ」
少し意外そうに目を丸くするヴァルに、ポックスが穏やかに応じる。
「お疲れ様です、ヴァル」
ヴァルは「お疲れ様」と返し、手慣れた様子でエプロンを締めると、すぐにおでんの準備に取り掛かった。
「今日はね、ウインナーを入れてみようと思って買ってきたの」
そう言って、彼女は楽しそうに袋から取り出したウインナーをおでん鍋へと投入していく。
「ウインナー、ですか。良いですね、新しい試みです」
クロは止めることもなく、信頼しきった様子でその作業をヴァルに任せていた。
「ヴァルさん。おでん以外にも、手が空いている時に厨房に入っていただけますか?」
クロの提案に、ヴァルはぱっと顔を輝かせた。
「えっ! いいの!?」
「はい。おでんだけでなく、唐揚げや串揚げの作り方もお教えしたいと考えています」
「うれしい! どんどん教えて。私、一生懸命頑張るから!」
ヴァルは拳を握り、やる気満々といった様子で応える。
「分かりました。では、まずは唐揚げの下ごしらえから始めていきましょう」
「はーい!」
厨房で始まった師弟のようなやり取りを、ポックスは目を細め、微笑ましく眺めていた。
そこへ、賑やかな足音と共にセイヤたちが姿を現した。席に着こうとしたエミリアとリュウジは、即座に例の木札を発見して目を丸くする。 「ちょっと、何これ?」エミリアが木札を指差して声を上げると、リュウジが面白そうに鼻で笑った。
「年間シートらしいぜ」
「年間シート!? 居酒屋で!?」
エミリアは堪えきれずに吹き出した。 セイヤだけは、一人真剣な面持ちで木札を見つめていた。
「……良い案だな」
感心したように頷くセイヤの横で、ミリィが鈴を転がすような声で笑う。
「アハハ! ねえ、ポックスはこれ認めたの!?」
振られたポックスは、瞳を真面目そのものの色に染め、居住まいを正して答えた。
「……ええ。検討の結果、お言葉に甘えることにしました」
その言葉に、セイヤとクロ以外の全員が、弾かれたようにポックスを見た。 「「「へぇー、そうなんだ……!」」」
驚きと、どこか生温かい視線が混ざった声が重なる。
あの堅物なポックスが、これほど露骨な「特別扱い」をあっさりと受け入れたことが、一同には新鮮な衝撃だった。そんな賑やかな空気をよそに、ヴァルは慣れた手つきで皿におでんを盛り付けると、それをセイヤの前に差し出した。
「はい、セイヤ。お待たせ」
「ああ、ありがたい」
セイヤは当然のようにそれを受け取り、湯気の立つ大根を一口、口に運んだ。
「……美味い」
短く、しかし実感のこもったその言葉に、ヴァルは照れくさそうに、けれどとても嬉しそうに目を細めて笑った。
次章に続く


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