前回のあらすじ
貨物船のエネルギー消失という異常事態に対し、セイヤたちは内部犯行や海賊の可能性を検討するが、センサーには何の反応も出ない。正体不明の脅威を前に、セイヤは二隻の艦船による「二点同時観測」を提案。ポックスの論理とセイヤの機転で、見えない敵を炙り出すためのクロススキャンが今、開始されようとしていた。
登場人物紹介
■ セイヤ 風紀を愛する前生徒会長。今日も正論で突っ走る。
■ ポックス 冷静沈着な前副会長。論理を愛するバルタン星人。
■ クロ 感情を得ようとする推定10億歳のアンドロイド。
■ リュウジ 頼れる幼馴染。仲間思いの前生徒会メンバー。
■ ギル 岩石星人の前風紀委員。見た目は怖いが五つ子の父親。
■ カズマ 新聞部の特ダネ記者。艦内の噂話ならお任せ。
■ エミリア 前生徒会書記。優秀な参謀役でセイヤの彼女。ミリィの姉(双子)
■ ミリィ 明るく元気な医療部志望。リュウジの彼女。エミリアの妹(双子)
■ ヴァル 穏やかな流体生命体。優しさ溢れる癒やし担当。
■ ミドリ セイヤの母。医療部勤務の優しく包容力あふれる看護師。
■ カナ セイヤの妹。明るく優しい兄思いのしっかり者。
■ ハナエ リュウジの母。医療部勤務の明るく頼れるムードメーカー。
登場人物(新キャラ)&アイテム・その他紹介
■レオン・アークライト少尉(セイヤ担当教官)
冷静沈着な操舵士。新人を温かく導く頼れる教官。
■バルド・グレイン曹長(リュウジ担当教官)
豪快な機関部の鬼教官。情に厚い頼れるベテラン。
■アイリス・フェルナ少尉(ポックス担当教官)
穏やかな科学士官。知性と優しさで後輩を導く研究者。
■オリビエ
貨物船船長。営業上手で人望厚い陽気なベテラン。
■マリーネ
アクアリア星人。船を一人で支える冷静沈着な女性整備士。
■エリオ・ミレイス少尉
幼体生体宇宙船ルミの育成を担うリヴィア星航宙隊少尉。誠実で心優しく、生きた宇宙船を家族のように慈しむ。
■ルミ
リヴィア星で育つ生後八か月の幼体生体宇宙船。甘えん坊で好奇心旺盛、母艦を探して宇宙を泳ぐ。
■フロスト鉱石
惑星フロストガルドに眠る超希少鉱石。極低温エネルギーを蓄積・制御する特性を持ち、宇宙船機関や兵器、医療機器など幅広い分野で使用される。
■Le Ciel(ル・シエル)
銀河最高級アイスクリーム専門店。「空よりも軽く、星よりも美しい一口を。」
今月の新商品
STELLA BLANC(ステラ・ブラン)
濃厚なミルクの甘みが口いっぱいに広がり、胃に届く前に蒸発する特殊製法を採用したカロリーゼロのプレミアムアイス。発売前から予約が殺到する話題の逸品。
第5話前編「見えない来訪者」
コスモレスキュー〇三のブリッジに、セイヤとレオンの姿が実体化した。窓の外には、漆黒の宇宙を背景にシルバー・マーチ号の巨体が浮かんでいる。二隻は互いに約五百メートルの距離を保ちながら、静かに並走を続けていた。
レオン少尉がコンソールに指を走らせ、通信回線を開く。
「こちらコスモレスキュー〇三。ポックス、準備はいいか」
シルバー・マーチ号に残ったポックスの声がスピーカー越しに響く。
『こちらシルバー・マーチ号。解析準備完了です』
その隣から、アイリスも落ち着いた声で言葉を添えた。
『いつでも開始できます』
レオンは深く頷き、鋭い視線を前方に向けた。
「よし。クロススキャン開始」
「了解!」
セイヤが応じ、手慣れた動作で操縦席のコンソールを叩く。
二隻のセンサーが同時に起動した。長距離センサー、重力波センサー、エーテル粒子センサー、空間歪曲センサー。さらには電磁波観測と熱源解析が並行して実行される。
両艦の観測データはリアルタイムで相互共有され、一つの巨大な解析ネットワークを形成していった。静かな電子音だけがコックピットに響く。
「データ同期率九八パーセント……同期完了」
ポックスとアイリスは、それぞれの艦で怒涛のように流れ込む膨大な情報を精査していた。
十分。二十分。三十分。
誰も口を開かない。
セイヤも操縦席で神経を研ぎ澄ませ、静かにその時を待ち続けた。
そして――。
『……解析終了しました』
スピーカーから、ポックスの冷静な声が響いた。レオンが座席で姿勢を正す。
「報告を」
メインモニターへ、一枚の立体映像が転送された。シルバー・マーチ号の三次元モデルだ。その船体腹部に、陽炎のように薄くぼやけた「影」が張り付いている。
「これは……」
リュウジが目を見開いた。まるで大型の魚に吸い付くコバンザメのように、正体不明の何かがシルバー・マーチ号へぴたりと密着していた。
『通常センサーでは捉えきれませんでしたが、二方向からの同時観測により、対象領域に微細な空間歪曲を検出しました』
ポックスが淡々と、しかし確信に満ちた口調で説明を続ける。
『現時点では、それが人工的な宇宙船なのか、あるいは未知の生命体なのかまでは判別不能です。ですが……』
一拍置いて、彼は決定的な事実を告げた。
『エネルギーの消失地点と、その影の位置は完全に一致しています』
レオンは静かに腕を組み、モニターの影を睨み据えた。
「つまり、そいつが今回の『犯人』というわけだな」
『はい』
アイリスが補足するように言葉を重ねる。
『遮蔽技術は極めて高度なものです。目視はもとより、単独の通常観測ではその存在すら認識すること叶わなかったでしょう』
コックピットに、張り詰めた沈黙が流れる。レオンは短く息を吐き、決断を下した。
「まずは対話を試みる。全通信チャンネルを開放しろ」
指示を受けたセイヤが迅速に操作を完了させる。レオンはマイクに向かい、低く落ち着いた声で語りかけた。
「こちらコスモレスキュー〇三。正体不明の艦艇へ告ぐ。我々は貴艦の存在を確認している。繰り返す、我々に敵対の意思はない。応答願いたい」
……返答はない。スピーカーからは虚無的なノイズが流れるのみだった。レオンは表情を変えず、もう一度呼びかけた。
「こちらコスモレスキュー〇三。応答願う」
再びの沈黙。三度目の呼びかけにも、宇宙の静寂が返ってくるだけだった。レオンはセイヤへ鋭い視線を向けた。
「量子魚雷、装填。出力三パーセントに絞れ」
「量子魚雷……ですか?」
セイヤが驚きに目を見開く。レオンは冷静に言葉を継いだ。
「直撃はさせん。遮蔽空間の五十メートル手前で起爆させ、その衝撃波で炙り出す。やれるか」
「了解!」
セイヤは迷いを振り切り、コンソールを叩いて照準を固定した。
「発射!」
鈍い振動と共に、一発の量子魚雷が漆黒の闇へと放たれた。
光の尾を引いて進む魚雷は、何もないはずの虚空の指定された座標で鮮烈な閃光を放った。爆発そのものは小規模なものだったが、放出されたエネルギーが周囲の空間を水面のように大きく揺らした。
次の瞬間だった。
ビーッ、ビーッ!
「通信受信!映像入ります!」
セイヤが叫ぶと同時に、静まり返っていたコックピットにけたたましい受信音が鳴り響いた。
「メインスクリーンに回せ」
レオンの鋭い指示と共に、モニターへノイズ混じりの奇妙な映像が映し出される。そこに映っていたのは、半透明の膜のような質感を持つ船体だった。金属特有の光沢はなく、むしろ巨大な生物の殻を思わせる有機的な外殻が脈動している。そしてその中央には、一人の異星人が立っていた。
そこに映し出されたのは、人型に近い姿をした異星人だった。しかし、その頭部からは樹木の枝を思わせる二本の触角が伸び、滑らかな肌は淡い琥珀色
の光を放っている。異星人はモニター越しに深々と頭を下げた。
『こちらリヴィア星航宙隊所属、エリオ・ミレイス少尉。……まずは謝罪を。我々に敵対の意思はありません』
レオンの表情は微塵も動かない。冷徹なまでの眼差しを異星人へ向け、低い声で問い詰める。
「貴殿の文明では、無断で他船に接触しエネルギーを吸収する行為を、敵対とは呼ばないのか?」
異星人は困ったように、琥珀色の指先で頭を掻いた。
『申し訳ありません。我々の艦艇ルミは……まだ、乳離れができておりません』
その言葉に、コックピットの全員が石化したように固まった。
「……乳離れ?」
リュウジが、信じられないものを見るような目で聞き返す。
異星人はさらに申し訳なさそうに、身を縮めるようにして続けた。
『貴艦を母親と勘違いしてしまい……どうしても離れようとしないのです』
重苦しい沈黙が場を支配する。
「……は?」
リュウジが、魂の抜けたような声でぽつりと呟いた。その時だった。通信回線にポックスが割って入った。
『レオン少尉』
「何だ」
『恐らく、あの艦は生命体そのものです』
ポックスの指摘に、全員の視線が再びモニターの「影」へと注がれる。
『我々の文明は機械工学を基盤として発展してきました。しかし彼らは、生物工学――つまりバイオテクノロジーを極限まで進化させた文明なのでしょう。あの艦艇そのものが一つの巨大な生命体であり、人間で言えばまだ乳離れ前の幼体なのだと推測されます』
レオンはモニターの中の異星人、エリオへと視線を戻した。
「つまり……あの艦は、比喩ではなく本当に『赤ん坊』だと言うのか」
「はい」
エリオは力なく頷いた。
「文字通りの意味です」
異星人は恥ずかしそうに頭を下げた。エリオは心底申し訳なさそうに肩を落とし、言葉を継いだ。
「母艦から独り立ちするための訓練中だったのですが……どうにも親離れが遅いようでして」
そのあまりに世俗的な理由に、リュウジが堪えきれずに吹き出した。
「ぷっ……ははは!宇宙船にも反抗期ならぬ、甘えん坊期なんてあんのかよ!」
通信越しに、アイリスも困ったような、それでいてどこか楽しげな苦笑を漏らす。
『文化やテクノロジーの違いとはいえ、これは流石に予想外でしたね……』
レオンは額に手を当て、小さくため息をついた。
「では、その甘えた赤ん坊をどうすれば引き離せる?」
エリオは姿勢を正し、切実な面持ちで告げた。
「現在、母艦がこちらへ急行しています。あと二十分ほどで到着する予定です。母親の姿が見えれば、ルミもすぐに離れるはずです」
レオンは無言で手元の時計に目をやった。タイムリミットの二時間まであと半刻を切っている。二十分という時間は、平時であれば些細な待ち時間だ。しかし、エネルギーを吸い取られ続け、冷却機能を喪失したシルバー・マーチ号にとって、その二十分がどれほどの致命傷になるか測りかねた。
内部の温度上昇は、刻一刻と限界点へ近づいている。レオンは静かに息を吐き、決断を下すように告げた。
「……分かった。二十分待とう」
だが、その眼光は鋭さを増す。
「ただし、その二十分の間に状況が悪化し、我々の艦に致命的な影響が出ると判断した場合は、強制的に排除させてもらう。異論はないな」
エリオはモニター越しに深々と頭を下げた。
『……承知いたしました。多大なるご迷惑をお掛けし、本当に申し訳ありません』
通信が切断され、モニターが元の星図へと戻る。コックピットを支配したのは、呆れと緊張が混ざり合った奇妙な静寂だった。
「バルド曹長、シルバー・マーチ号の巡航速度を落としたらどうなる。機関への負荷が減れば、温度上昇を食い止められるのではないか?」
レオンの問いかけに、バルドはコンソールに表示された機関データへ鋭い視線を走らせた。数秒の沈黙の後、彼は重々しく首を振った。
「……気休め程度の時間稼ぎにはなるでしょうな」
「だが?」
レオンが先を促すと、バルドは苦い顔で言葉を継いだ。
「推進機関の負荷は下がります。ですが、あの『赤ん坊』はエーテル結晶炉から供給されるエネルギーそのものを吸い取っていやがる。速度を落としたところで、艦内設備や生命維持のために結晶炉を止めるわけにはいきませんからな」
バルドは熱分布モニターの数値を指差した。
「現状、結晶炉の出力を補おうとして自動制御が裏目に出ちまってます。余計に熱を吐き出している状態だ。速度を落とせば上昇速度は多少緩やかになるでしょうが……止まることはありませんぜ」
ポックスも通信越しに冷静な分析を加える。
『私も同意見です。推定では温度上昇速度を約一五パーセント抑制できますが、根本的な解決には至りません。ルミが離れない限り、状況はいずれ限界へ達します』
バルドはレオンを見据え、静かに結論を告げた。
「延命処置にはなります。しかし、治療にはなりませんな」
レオンは短く頷いた。
「それでも、やらないよりはマシか。シルバー・マーチ号、巡航速度を現在の四分の一まで落とせ。……それと、母艦の到着を待つ間、全員シャトルで休息を取る。オリビエ船長とマリーネ機関士も、こちらへ招待しよう」
張り詰めていた空気がわずかに緩み、通信越しに全員の快活な声が重なった。
「了解!」
正体不明の脅威、その正体は「母親に甘える赤ん坊の宇宙船」という、あまりに脱力感の漂う真実だった。しかし、事態の深刻さは何ら変わっていない。
シルバー・マーチ号の冷凍倉庫では、最高級アイス《STELLABLANC》が刻一刻と蒸発の危機に晒され、機関室の冷却システムは限界を超えようとしている。
母艦到着まで、あと二十分。そのわずかな時間が、シルバー・マーチ号の運命、そしてセイヤたちの任務の成否を分ける瀬戸際となっていた。
(第6話へ続く)


コメント