宇宙前生徒会長セイヤ スターウェイ・ラリー選手権編①

2.宇宙生徒会長セイヤ

登場人物紹介
■ セイヤ    風紀を愛する前生徒会長。今日も正論で突っ走る。
■ ポックス   冷静沈着な前副会長。論理を愛するバルタン星人。
■ クロ     感情を得ようとする推定10億歳のアンドロイド。
■ リュウジ   頼れる幼馴染。仲間思いの前生徒会メンバー。
■ エミリア   前生徒会書記。優秀な参謀役でセイヤの彼女。ミリィの姉(双子)
■ ミリィ    明るく元気な医療部志望。リュウジの彼女。エミリアの妹(双子)
■ ヴァル    穏やかな流体生命体。優しさ溢れる癒やし担当。
■ ギル     岩石星人の前風紀委員。見た目は怖いが五つ子の父親。
■ カズマ    新聞部の特ダネ記者。艦内の噂話ならお任せ。
■ハンク艦長   豪快で熱血、生徒の成長を見守る頼れる艦長。  
■ポックル副長  ポックスの父。冷静沈着で判断力に優れた、艦長を支える頼れる副長。
パッカル・ベルド
冷静な判断力と確かな操縦技術を持つ、バルタン・アカデミーの実力派ドライバー。ポックスの知人。
ポッケル・ラグナ
冷静な分析力と戦略眼を持つ、バルタン・アカデミーの学生監督。ポックスの知人。

第1章 ポックスへの招待

 コスモ・アカデミア号、生徒居住区。放課後の喧騒が遠く響くメインストリートから一本外れた通路は、先ほどまでの賑わいが嘘のように静まり返っていた。壁面に埋め込まれた間接照明が、清潔感のある白い床に柔らかな光の筋を落としている。その突き当たりにある無機質な自動ドアの先、薄暗い通信ブースの一角に、ポックスは一人でいた。

使い込まれた合成皮革の椅子に深く腰掛け、青白く発光する通信モニターを見つめる彼の横顔は、いつにも増して思慮深い。モニターから漏れる光が、彼の特徴的な大きな瞳と、冷静さを象徴するような眼鏡の縁を鋭く縁取っていた。青白く発光するモニターの向こうには、二人のバルタン人が映し出されていた。一人はポックスと同年代に見える、精悍な顔立ちの青年パッカル・ベルド。そしてもう一人は、パッカルと同じバルタン・アカデミーに所属する学生、ポッケル・ラグナだ。ポッケルはパッカルに比べて幾分か落ち着いた雰囲気を纏っており、その鋭い眼差しは、通信回線を越えてポックスの思考の深淵を覗き込もうとしているかのようだった。

 ポックスは旧知の二人の姿を認め、わずかに口角を上げた。

「お久しぶりです、ポッケル。それにパッカルも」

『久しぶりだな、ポックス』

画面の中で、快活そうなパッカルが軽く手を上げた。

『突然連絡して悪かった』

「いえ。しかし、二人揃って私に連絡とは珍しいですね」

『そうだな』

ポッケルが静かに、重みのある声で答えた。

『今日は君に、正式に頼みたい話があって連絡したのだ』

ポッケルは静かに、しかし断固とした響きを伴って告げた。

「頼みたい話……ですか?」

ポックスが問い返すと、ポッケルは肯定の意を込めて一拍の間を置いた。その沈黙が、これから語られる言葉の重要性を物語っているようだった。

『ああ。ポックス、単刀直入に言おう。君に、我々バルタン・アカデミーのスターウェイ・ラリーチームへ参加してもらいたい』

その言葉を聞いた瞬間、ポックスの理知的な瞳がわずかに揺れた。

「スターウェイ・ラリー……」

無意識にその名を反芻する。銀河中の知性体が熱狂するそのレースの名は、論理を重んじる彼にとっても無視できない響きを持っていた。

『そうだ』

今度はパッカルが身を乗り出すようにして口を開いた。

『次のスターウェイ・ラリー選手権に、我らバルタン・アカデミーも出場することが決まった』

「もちろん存じています。パッカル、あなたがメインドライバーとして選出されたことも」

『なら話が早い』

パッカルは自信に満ちた笑みを浮かべた。

『俺たちは本気で総合優勝を狙っている』

不敵に言い放つパッカルに対し、ポックスは冷静に返した。

「ずいぶん大きく出ましたね」

『出る以上は勝つ。それだけだ。それが最も効率的で、かつ論理的な帰結だろう?』

「実にバルタン人らしい回答です」

『お前もバルタン人だろ』

「そうでした」

ポックスが至極真面目な顔で答えると、画面の向こうでパッカルが呆れたように肩を落とすのが見えた。ポッケルは、二人の軽妙なやり取りを気にする様子もなく、淡々と話を続けた。

『今回の競技艇は、すでに基本設計を終えている。徹底して航行効率を最優先した機体だ』

「なるほど……」

ポックスの表情に、微かな変化が生じた。論理的な美しさを追求する技術者として、その設計思想に興味を引かれたことを隠せなかった。ポッケルは画面越しに、諭すような静かな口調で言葉を重ねた。

『しかしスターウェイは、単に優れたマシンを用意すれば勝てるというほど甘い競技ではない。広大な宙域を渡るための航路選定、シビアなエネルギー管理、過酷な環境に耐えうる機体整備、そして各ステージにおける緻密な戦略……。三週間という長丁場を戦い抜くには、常に的確な判断を下し続ける頭脳が必要になる』

「それで……私を?」

『その通りだ』

ポッケルは、迷いのない口調で即答した。

『君の卓越した分析能力と広範な技術知識は、我々のアカデミーでも極めて高く評価されている』

隣でパッカルも、力強く頷いた。

『お前がチームの頭脳として入ってくれれば、これほど心強いことはない。特に、一瞬の判断が命取りになる長距離ステージではな』

ポックスは無言のまま、胸の前で腕を組んだ。スターウェイ・ラリー選手権。二年に一度開催される、銀河でも屈指の規模を誇る長距離宇宙レースだ。過酷な環境下で技術と知略の限界を競うその祭典の名を、幼い頃から耳にせずに育つバルタン人はまず存在しない。

『もちろん、すぐに答えを出す必要はない』

ポックスの沈黙をどう受け取ったのか、ポッケルが静かに言葉を添えた。

『一度持ち帰って、熟考してからでも――』

「いえ」

ポックスは迷いのない口調で、その言葉を遮った。

「ありがたいお話ですが、お断りします」

今度は画面の向こうの二人が沈黙する番だった。パッカルが意外そうに首を傾げる。

『……即答か?』

「はい」

『理由を聞いても?』

ポックスは一瞬だけ視線を落とし、思考の海に潜った。だが、導き出される答えは最初から決まっていた。

「私は現在、コスモ・アカデミアの生徒ですから」

『それは承知している』

ポッケルは射抜くような視線をポックスに向けたまま、静かに、そして重々しく言葉を継いだ。

『だが、君の能力を最大限に活用するという一点のみを考慮すれば、我々のチームに加わることが最も合理的だ。……それでも断ると言うのか?』

「ええ。合理性だけで所属する場所を決める必要もないでしょう」

ポックスは迷いなく頷いた。その瞳には、論理を超えた確かな意志が宿っている。パッカルが画面の向こうで、含みのある笑みを漏らした。

『コスモ・アカデミアに行って、少しは変わったようだな』

「よく言われます」

『褒めているわけではないぞ』

「そうでしたか」

ポックスが淡々と応じると、それまで厳格な表情を崩さなかったポッケルも、わずかに口元を緩めた。

『分かった。この話はなかったことにしよう』

「……ご期待に沿えず、申し訳ありません」

『謝る必要はない。競技に参加する者が、自らの意志で所属するチームを選ぶ。それは至極当然の権利だ』

ポッケルはわずかに身を乗り出し、画面越しにポックスを射抜くような視線を向けた。

『ただし、一つだけ言っておこう』

「はい?」

『もしコスモ・アカデミアがこの大会に出場することになれば、そのときは容赦のないライバルだ』

ポックスは一瞬だけ、その大きな瞳を丸くした。

「コスモ・アカデミアが……ですか?」

『あくまで可能性の話だ』

パッカルが楽しげに、白い歯を見せて笑う。

『そのときは手加減しないぞ、ポックス。覚悟しておけ』

「もちろんです」

ポックスもまた、静かな、しかし挑戦的な笑みを口元に浮かべた。

「こちらも遠慮する理由はありませんから」

『期待しているぞ。では、またな』

「はい。失礼します」

通信が切れると同時に、青白く光っていたモニターがふっと暗転した。ポックスは椅子の背にもたれ、天井の隅に視線を漂わせた。

「スターウェイ・ラリー、ですか……」

独り言が、静まり返ったブースに小さく響く。

銀河最高峰の舞台。技術者として、そしてバルタン人として、その誘いに心が揺れなかったと言えば嘘になる。あれほど巨大なプロジェクトに中枢メンバーとして関わる機会など、一生に何度あるものでもないだろう。だが、胸の内に広がるのは後悔ではなく、どこか清々しい納得感だった。ポックスはゆっくりと息を吐き出し、重い腰を上げた。

 その時だった。静寂を切り裂くように、ポックスの腰元で通信端末が鋭い電子音を奏でた。彼は迷いなく端末を手に取り、回線を開く。

「はい、ポックスです」

『ポックスか』

スピーカーから流れてきたのは、聞き慣れた、しかし公私の区別を厳格につける厳格な響きを含んだ声だった。

「父さん……いえ、ポックル副長。何か?」

『今、どこにいる』

「生徒居住区の通信ブースですが」

『ちょうどいい。至急、第一会議室へ向かってくれ。艦長がお呼びだ』

「第一会議室へ?分かりましたが……」

『詳しい話は来れば分かる。以上だ』

それだけを言い残し、通信は一方的に切断された。

「…………」

ポックスは手の中の端末を数秒間見つめた。父であり上官でもある男の、あまりに簡潔で急な呼び出し。それが意味するものを論理的に導き出そうとしたが、今はまだ情報が不足している。

彼は小さく首を振ると、通信ブースの扉を開け、足早に第一会議室へと向かった。

数分後、第一会議室の重厚な自動ドアが滑らかに開いた。

「失礼します」

中へ足を踏み入れたポックスは、思わずその場で足を止めた。

「ポックス!こっちだ」

聞き慣れた声に視線を向けると、セイヤが大きく手を上げていた。
だが、そこにいたのは彼一人ではなかった。エミリア、リュウジ、ミリィ、ヴァル、ギル、クロ、そしてカズマ……。前生徒会の面々を中心とした、いつもの顔ぶれが勢揃いしていたのである。

「全員、揃っているのですか?」

ポックスが驚きを隠せずに問いかけると、リュウジが椅子に深く腰掛けたまま応じた。

「ああ。俺たちも急に呼び出されたんだよ」

「何の話か、何か聞いていますか?」

「いいえ」

ポックスは短く首を振った。

「私も今、父から連絡を受けてここへ来たところです」

「副長からか?」

「はい」

ポックスは促されるまま、空いている席へと腰を下ろした。正面の席にはまだ誰もいない。カズマが周囲を見回しながら、声を潜めて言った。

「これだけ集められるってことは、また何かあるんじゃないか?」

「何かとは?」

セイヤが問い返す。

「ほら、長期航行訓練とか、惑星調査とかさ」

「なるほど!」

セイヤが即座に姿勢を正した。

「いかなる任務であろうと、我ら生徒会……元生徒会メンバーとして、全力で遂行するまでだ!」

リュウジが苦笑混じりにたしなめる。

「心構えの問題だ!」

「セイヤ、落ち着いて」

エミリアが小さくため息をついた。そのとき、会議室の重厚な扉が再び開いた。一斉に会話が止まり、室内に緊張が走る。姿を現したのは二人だった。ハンク艦長。そして、ポックル副長である。
セイヤが勢いよく立ち上がった。

「起立!」

その号令に合わせ、全員が弾かれたように立ち上がる。

「敬礼!」

ビシッ、と小気味よい音が響くほど揃った敬礼が送られた。

「おう、楽にしろ」

ハンク艦長が鷹揚に片手を上げた。

「着席!」

セイヤの指示で、全員が再び椅子へと腰を下ろす。ハンク艦長とポックル副長が正面の定位置に立った。一同の緊張した視線が、二人の上官に注がれる。

「さて」

ハンク艦長が太い腕を組み、一同を見渡した。

「急に集まってもらって悪かったな」

「艦長!」

セイヤが勢いよく手を挙げる。

「我々に新たな任務が下されるということでよろしいでしょうか!」

「相変わらず察しがいいな、セイヤ」

「ありがとうございます!」

「……褒めてるかどうかは微妙だぞ」

リュウジが隣で小声で呟いたが、セイヤの耳には届いていないようだった。ハンク艦長は、教え子の相変わらずな様子にニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「まあ、任務と言えば任務だ。ただし今回は、いつもの訓練や惑星調査とは少し違う」

ハンクの言葉に、ポックスは無言でその真意を探るように視線を向けた。

「お前たちにはこれから、ある選手権に出場してもらう」

「選手権……ですか?」

ミリィが不思議そうに首を傾げた。ハンクは集まった面々を一人ずつ見渡すと、重々しく、しかしどこか楽しげにその名を告げた。

「二年に一度開催される、銀河最大級の長距離宇宙レースだ」

ハンクの言葉に、ポックスの表情が劇的に固まった。

「お前たちには、コスモ・アカデミア代表として――」

まさか。ポックスの脳裏に、先ほどの通信が蘇る。

「スターウェイ・ラリー選手権に出場してもらう!」

「ええっ!?」

セイヤたちの驚愕の声が会議室に木霊した。だが、ただ一人、ポックスだけは言葉を発しなかった。

「…………」

数分前、自らの意志で断ったはずの誘い。その舞台が、今度は「任務」として目の前に突きつけられたのだ。ポックスは静かに、自らの大きな瞳を細めた。

「……そういうことでしたか」

スターウェイ・ラリー選手権。この瞬間、彼らの新たな、そして未知なる挑戦の幕が上がった。

第2章に続く

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