宇宙前生徒会長セイヤ 第9話「生きた宇宙船」

2.宇宙生徒会長セイヤ

前回のあらすじ
生体宇宙母艦《セレスティア》へ着艦したセイヤたちは、リヴィア星航宙隊のエリオ少尉の出迎えを受ける。未知の生命体と共生する驚異のテクノロジーや澄んだ空気に圧倒されつつも、一行は歓迎の意を受け入れ、艦長セレナ大佐のもとへ。未知の文明との真の邂逅に向け、一行は神秘的な艦内へと足を踏み入れる。

登場人物紹介
■ セイヤ  

風紀を愛する前生徒会長。今日も正論で突っ走る。
■ ポックス

冷静沈着な前副会長。論理を愛するバルタン星人。
■ リュウジ

頼れる幼馴染。仲間思いの前生徒会メンバー。

■レオン・アークライト少尉(セイヤ担当教官)
冷静沈着な操舵士。新人を温かく導く頼れる教官。
■バルド・グレイン曹長(リュウジ担当教官)
豪快な機関部の鬼教官。情に厚い頼れるベテラン。
■アイリス・フェルナ少尉(ポックス担当教官)
穏やかな科学士官。知性と優しさで後輩を導く研究者。
■オリビエ貨物船船長
営業上手で人望厚い陽気なベテラン。
■マリーネ
アクアリア星人。船を一人で支える冷静沈着な女性整備士。
■エリオ・ミレイス少尉
幼体生体宇宙船ルミの育成を担うリヴィア星航宙隊少尉。誠実で心優しく、生きた宇宙船を家族のように慈しむ。
■セレナ・アルシア大佐
リヴィア星航宙隊母艦《エターナル・ネスト》セレスティア艦長。冷静沈着で部下や我が子を深く慈しむ女性指揮官。
■ルミ
リヴィア星で育つ生後八か月の幼体生体宇宙船。甘えん坊で好奇心旺盛、母艦を探して宇宙を泳ぐ。
■セレスティア
リヴィア星航宙隊所属、生体宇宙母艦。ルミの母艦であり、セレナ・アルシア大佐が指揮を執る個体。

その他用語紹介

フロスト鉱石
惑星フロストガルドに眠る超希少鉱石。極低温エネルギーを蓄積・制御する特性を持ち、宇宙船機関や兵器、医療機器など幅広い分野で使用される。

■Le Ciel(ル・シエル)
銀河最高級アイスクリーム専門店。「空よりも軽く、星よりも美しい一口を。」

今月の新商品
STELLA BLANC(ステラ・ブラン)
濃厚なミルクの甘みが口いっぱいに広がり、胃に届く前に蒸発する特殊製法を採用したカロリーゼロのプレミアムアイス。発売前から予約が殺到する話題の逸品。

第二章 生きた宇宙船

「こちらです」

エリオの穏やかな声に促され、一行は格納庫を後にした。目の前の扉が、摩擦音一つ立てずに左右へと滑り込む。視界に飛び込んできたのは、奥へと長く伸びる静謐な通路だった。

レオンは不意に歩みを止め、値踏みするように周囲を見渡す。

「……案外、普通なんだな」

漏れ出た独り言に、セイヤたちも同感だと言わんばかりに小さく首を縦に振った。金属質の光沢を放つ壁面、空間を優しく包み込む間接照明、そして整然と並ぶ行き先表示。

一定の間隔で配置された昇降機の扉に至るまで、その光景は一見すると、彼らの母船であるコスモ・アカデミア号と何ら変わりないものに思えた。
だが、歩を進めるごとに、肌を撫でる違和感が輪郭を持ち始める。

壁面はまるで肺胞のようにかすかな拍動を繰り返し、床と壁の境界は溶け合うように消失していた。無機質な配線も、無骨な点検口も、そこには一切存在しない。

そして何より、肺を満たす空気が驚くほど澄み渡っていた。それは機械が作り出す循環気体ではなく、深い森の奥底で呼吸しているかのような、生命の芳香を孕んだ静謐な空気だった。一吸いごとに肺の隅々までが浄化されていくような感覚は、さながら原生林のただ中を歩いているかのようで、微かな緑の薫りが鼻腔を優しくくすぐった。

「これ全部……」  

リュウジが恐る恐る壁へ指先を触れる。

「本当に、生きてるのか?」

「はい」  

エリオは慈しむような眼差しで頷いた。

「《セレスティア》は一つの巨大な生命体です。皆様が今歩いているこの通路も、彼女の生体組織の一部なんですよ」

「でも、見た目は普通の宇宙船と変わらないように見えますけど……」  

セイヤが素朴な疑問を口にすると、エリオは我が子を褒められた親のように穏やかに微笑んだ。

「よく言われます。ですがリヴィアでは、技術とは誇示するものではなく、呼吸するように自然に使えるものであるべきだと考えているのです」  

エリオは壁面に視線を落とし、言葉を継いだ。

「生命体であることと、宇宙船であること。その両立を突き詰め、操艦のしやすさと安全な居住性を追求した結果、この形に辿り着きました」

「なるほど……」  

レオンが感心したように深く頷いた。

「文明が違えど、道具としての使いやすさを突き詰めた結果は共通する、ということか」

「ええ。姿形は似ていても、その本質はまったく別物ですが」  

エリオは誇らしげに、それでいて嬉しそうに微笑んだ。 

一行の後方では、ポックスが壁面や天井の接合部を食い入るように見つめていた。その熱心すぎる様子に、アイリスが苦笑を漏らす。

「ポックス、もう何か気付いたことが?」

「はい」  

ポックスは周囲への観察を止めぬまま、ふとエリオへと鋭い視線を向けた。

「一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」

「もちろんです。何なりと」

「《セレスティア》のコンピューターは、どこにあるのでしょうか」  

その問いに、エリオは含みを持たせた笑みを浮かべた。

「神経生体コンピューター――我々は《Neural Consciousness Core》と呼んでいます」  

聞き慣れぬ単語に、セイヤたちは思わず顔を見合わせた。エリオは彼らの反応を楽しむように言葉を続ける。

「簡単に言えば、《セレスティア》の『脳』そのものです」

「脳……」  

ポックスの目が、知的好奇心に大きく見開かれた。

「つまり、艦全体に張り巡らされた神経網が情報を伝達し、その中枢で航行制御や生命維持、あらゆるシステムを統括している……ということですか」

「その通りです」  

エリオは教え子の正解を喜ぶ教師のように、深く頷いた。

「《Neural Consciousness Core》は、船そのものの意思と演算能力を司る中枢器官です」

「では、通常の電子コンピューターは……」

「存在しません」  

その一言に、ポックスは息をのんだ。

「制御も演算も、すべてが生体組織だけで完結しているというのですか……」  

感嘆のため息が漏れる。

「……素晴らしい。これほどまでに純粋なバイオ・テクノロジーの結晶にお目にかかれるとは」  

その横で、アイリスが教え子の熱狂を慈しむように優しく微笑んだ。

「今日は質問が尽きませんね、ポックス」  

アイリスの茶目っ気のある指摘に、ポックスは「すみません」と少し照れたように頭をかいた。その様子を見て、リュウジが快活に笑う。

「こりゃ、帰る頃にはノート一冊じゃ足りなくなりそうだな」  

一行の間に、緊張を解きほぐすような和やかな笑い声が広がった。そんな談笑を交わしながら歩みを進めていくと、やがて通路の先が大きく開けた。

 天井まで届く巨大な展望窓の向こうには、宝石を散りばめたような星々が静かに流れていた。その息を呑むほどに美しい光景に、誰もが吸い寄せられるように足を止める。

「綺麗だ……」  

セイヤの口から、吐息とともに感嘆の声が漏れた。

「ここからの眺めは、私の一番のお気に入りなんです」  

エリオは窓の外に広がる銀河を見つめながら、慈しむように目を細めた。 遠く流れる星々の光が、エリオの瞳に穏やかに反射している。
その横顔に宿る慈しみを見て、セイヤは直感した。
この人たちは、生体宇宙船を単なる「兵器」や「道具」ではなく、かけがえのない「家族」として接しているのだ。だからこそ、この《セレスティア》の艦内は、これほどまでに温かく感じられるのだろう。  

やがて、重厚ながらも有機的な曲線を描く大きな扉の前で、エリオは足を止めた。扉が生き物のまぶたが開くように、滑らかに左右へと分かれる。

「こちらです。セレナ大佐がお待ちしております」  

エリオの言葉に、一行は互いに顔を見合わせ、決意を込めて小さく頷いた。  未知の文明との、真の邂逅が今、始まろうとしていた。

第10話に続く

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