宇宙生徒会長セイヤ 第67話③「ポックス、バグる」

2.宇宙生徒会長セイヤ

第3章 「制御不能」  

 商業ブロック内にある喫茶エリア。ヴァルは窓際の席を見つけると、小さく振り返った。
「……ここ、空いてる」
「座りましょう」
ポックスが頷くと、ヴァルは静かに椅子へ腰を下ろした。
落ち着いた雰囲気の店内。その喧騒に紛れるようにして、ガヤ三人組もまた、少し離れた席へと陣取った。 
ポックスはヴァルを注視したまま、吸い込まれるように腰を下ろそうとした。しかし、そこには椅子がない。次の瞬間なんと、ポックスの脚が驚異的な粘りを見せた。バルタン星人特有の身体能力が、無意識のうちに彼を支えたのだ。結果、彼は何故か完璧な「空気椅子」の状態で静止する。
「……何してんだ、あいつ」
離れた席でリュウジが呆れたように呟く。
「なんか、震えてない?」
ミリィが指摘した通り、ポックスの太腿はすでに限界を迎えていた。本人は至って平静を装い、完全に“普通に座っているつもり”でいるのだが、その脚は生まれたての小鹿のようにプルプルと震え始めている。
そのあまりの震動に、隣のテーブルの客が「地震か?」と自分のコーヒーカップを押さえ、周囲の客たちも「あの人、浮いてない……?」と困惑の表情で二度見、三度見と視線を送っている。だが、当のポックスは微塵も動じない。 クロが手元の端末を操作し、冷静に分析結果を口にする。
「脚部負荷、急上昇中」
ヴァルは最初、その異変に気づいていなかった。しかし、目の前のポックスが小刻みに、かつ激しく震動しているのを見て、怪訝そうに眉を寄せた。 「……ポックス?」
名を呼ばれたポックスは、視線をヴァルに固定したまま、何事もなかったかのようにスッと直立した。そして、一歩横にある本物の椅子へと座り直す。 「……椅子は、こちらでした」
その光景を遠巻きに見ていたリュウジが、呆然と口を開けた。
「あいつ……座ってたんじゃなかったのかよ!」
対照的に、ミリィは堪えきれずに机を叩いて爆笑する。
「あはははははっ! 何なの、何の罰ゲームよ、今の!」
クロは淡々とデータを更新した。
「脚部負荷の下降を確認」
   ヴァルは慌てて立ち上がり、身を乗り出した。
「だ、大丈夫……?」
心配そうに覗き込む彼女に対し、ポックスはあくまで落ち着いたトーンを崩さない。
「問題ありません」
平然と言い放つポックスだったが、その額からは滝のような汗が流れ落ちていた。
「今日は、いくらなんでもひどすぎないか……?」
遠くから見守るリュウジの呟きには、もはや同情の色が混じっていた。
 ようやく落ち着きを取り戻したポックスの前に、注文していたコーヒーが運ばれてきた。ヴァルは静かにカップを手に取り、一口含んで小さく微笑む。
「……美味しい」  
その様子に促されるように、ポックスもコーヒーに口をつけた。
「ゴフッ!!?」  
刹那、盛大なむせ返り音が店内に響き渡る。
「うわっ!!」
リュウジが思わず身を引いた。
次の瞬間、ポックスの鼻と目からコーヒーが噴き出すという、物理法則を疑うような光景が広がる。
「あはははははっ!!」  
ミリィはもはや椅子から転げ落ちんばかりに爆笑し、対照的にヴァルは顔色を変えて身を乗り出した。
「……だ、大丈夫!?」
本気で心配する彼女の傍らで、クロは冷静にアナライザー・パッドの数値を読み取っていた。
「気管への侵入を確認」
「確認じゃねぇ! 助けろ!!」  リュウジが叫ぶが、ポックスは激しく咳き込みながらも、頑なに真顔を崩そうとしない。
「……問題、ありません」
「大問題だよ!!」  
リュウジのツッコミが飛ぶ中、ヴァルは困ったように苦笑いしながら、そっとハンカチを取り出した。そして、ポックスの顔に付着したコーヒーを優しく拭ってあげる。  
その瞬間、クロが再び端末に目を落とした。
「呼吸停止を確認」
「また!?」  
ミリィが驚愕の声を上げ、リュウジは頭を抱えた。
「おい! このままじゃポックスの奴、死んじまうぞ!」  
ポックスは石像のように硬直したまま、ヴァルの手からハンカチを受け取る。
「……あ……り……が……と……う……ご……ざ……い……ま……す……」

「まだ、呼吸していません」
クロの無機質な報告に、リュウジが焦りながら怒鳴る。
「息吸わずに喋るなよ!!」  
ヴァルもようやく事態の深刻さに気づき、顔を近づけた。
「……ちょっと、また呼吸忘れてない!?」
「すぅ~~~~っ! ……はい、吸うのを忘れていました」  
大きく息を吸い込んだポックスの返答に、リュウジとミリィはようやく胸を撫で下ろした。
「ヴァル、よく気が付いてくれたよ……」
「ほんと、ポックスどうしちゃったんだろ」    
その後、喫茶店を出ようとした時のことだった。ポックスは出口とは全く逆の方向へと歩き出した。
「……ポックス? 出口はこっちだよ?」  
ヴァルが声をかけるが、ポックスはそのまま壁の前まで進んで静止した。
「…………」
「方向認識能力の低下を確認」
クロの報告を聞き、リュウジが天を仰ぐ。
「恋愛で三半規管まで壊れてんのか、あいつは!?」
流石のミリィも、笑いを通り越して心配そうな表情になった。
「ちょっと、もう今日は帰った方がいいよ!」
ポックスは静かに自身のアナライザー・パッドを確認した。
脈拍、正常。神経伝達、正常。視界、異常なし。
数値上は、どこにも不具合などない。だが、隣にいるヴァルに視線を向けた瞬間、その全てが崩壊するのだ。
ポックスは、消え入るような声で呟いた。
「……これは、本当に正常なのでしょうか」
その隣で、ヴァルも心配そうに深く頷いた。
「ポックス、疲れてるんだよ。今日は医務室に寄ってから帰ろう?」

次章に続く

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